特許権者による発明の効果の立証責任

解説 特許権者は、その発明の効果について、立証責任を負うとされた事例、 審決取消請求事件
(平成15年(行ケ)第166号 平成17年1月18日、判決言渡し 東京高等裁判所)
 
1.事案の概要
@ 原告が、被告を特許権者とする発明の名称を、「ニトロイミダゾール系化合物を含むアトピー性皮膚炎症治療用の外用剤」とする特許第3193028号について、無効審判を請求したところ、審判請求は成り立たないとの審決がなされたため、同審決の取消しを求めた事案である。

2.争点
原告の主張

@ 審決は、本件特許が特許法29条1項柱書きにいう発明に該当しないにも拘らず、これを該当するものとした(取消事由1)。

A 本件特許が特許法第36条4項(省令記載要件)に規定する要件を満たさないにも拘らず、これを満たすものとした(取消事由2)。

B 本件特許は、進歩性がなく、特許法29条2項に違反しているのに、違反したしたものではないとした(取消事由3)。


3.裁判所の判断
 判決 原告主張の審決取消事由1は理由があるので、審決を取消す。

@ 本件特許に関し、特許法29条1項柱書きに関する前提問題を検討して置く。
 発明とは、自然法則を利用した技術思想の創作うち高度なものをいうと規定され、その技術内容は、目的とする技術効果を挙げることができるものであることが必要であって、そのような技術的効果を挙げることができないものは、発明が未完成であり、「発明」に当たらず、特許受けることができないものというべきである。
 目的とする技術的効果を挙げることができるものであることは、そもそも発明と言いえるための基本的且つ不可欠の要件である。よって、拒絶査定不服審判の不成立審決に対する取消訴訟においては、もとより、特許権設定登録後の特許無効審判の無効審決又は無効不成立審決に対する取消訴訟においても、当該特許が、目的とする技術効果を挙げることができるものであることについては、特許権者(出願人)において、立証責任を負うものと介するのが相当であり、このことは、上記審判においても同様であると解される。そして、特許出願の審査においては、その性質上、明細書に記載された実験ないし試験は、その結果が正確に明細書に記載されているという前提の下に、査定を行うことにならざるを得ないであろう。

A 特許制度としては、特許査定がされた後においても、特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟において争いとなった場合に、改めて吟味されることが予定されていると言うべきであり、特許査定がなされたからと言って、その技術効果を挙げることができないとの消極的事実の立証責任を特許の無効を主張する者に対して負担させる趣旨であるとは、解されない。
 目的とする技術的効果を挙げることができるものであることの立証において、有力な手段は、明細書に記載された実験ないしは試験に関する原資料(データ)であろう。従って、特許権者としては、特許査定後も上記原資料(データ)を保管し、争われた場合の立証に備るのが適切な措置であり、これらを廃棄した場合には、原資料(データ)以外の手段によって、証明することも不可能ではないが、相当の困難な立証になることも予想される。しかし、何れにしても、この証明が出来なかったことの不利益は、特許権者が負うべきである。

B 本件においては、(1)本件臨床試験が実際に行われたこと(2)本件臨床試験に使用された薬剤が真実上記に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと、並びに(3)本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることが認められるのであれば、これを減殺するような特段の事情が認められない限り、本件発明の目的とする技術的効果を挙げることができたことを推認することができるものと言えるであろう。

C 本件明細書における本件臨床試験に関する記載の真実性が問題なのであるから、明細書に記載されていると言うこと自体が理由となる訳ではない。
 そして、本件臨床試験に関する記載の真実性に関する最も重要な証拠である本件臨床試験の原資料(データ)を被告は廃棄してしまったのであって、これにより立証が困難となった不利益は、被告が負うべきである。

D 何れにしても、被告は、本件審判及び本訴において、臨床試験の原資料(データ)を提出していない。その結果、被告は、原資料(データ)により本件明細書における本件臨床試験の結果を裏付けることができないのみならず、破棄された(データ)が本件臨床試験の結果に合致したものであったか否か自体をも証明することができない。

 以上判示したところによれば、本件明細書においては、本件臨床試験結果が記載されているものの、@本件臨床試験が実際に行われたこと、A本件臨床試験に使用された薬剤が真実上記に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと、並びにB本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることを認めるに足りる証拠がないというほかなく、また、本件臨床試験以外のものについて被告が主張する諸点を検討しても、本件薬剤に治療効果があることを認めるに足りる証拠はない。そうとすると、本件発明の技術手段によってその目的とする技術的効果を挙げることができるものであることを推認することはできないものであるから、本件発明とされるものは、発明として未完成であり、特許法29条1項柱書きにいう「発明」の当たらず、特許を受けることができないものというべきである。
 以上によれば、審決は、特許法29条1項柱書き違反についての認定判断を誤ったというべきであるから、原告主張の審決取消事由1は、理由があるので、審決は取消しを免れない。


4.考察
 特許権の技術的効果が争いとなった場合に、発明が目的とする技術的効果を挙げることができることを特許権者が証明出来なかった場合、その発明は、発明として未完成であると認定される。本件は、特許後、臨床試験ないしは試験に関する原資料(データ)を破棄してしまったケースであった。特許制度としては、特許査定がされた後においても、特許権者としては、実験ないしは試験に関する原資料(データ)を保管し、これが争われた場合の立証に備るのが適切な措置であることを示す事例である。特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟において、当該特許権の技術的効果が争いとなった場合に、改めてその技術的効果が吟味されることが特許制度として予定されていると言うべきであり、特許査定がなされた後であっても、該特許がその技術効果を挙げることができるという事実の立証責任を、特許権者が負担しているとしている。
以上


〔戻る〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/4/25