審決取消訴訟における審理判断の対象

   「無効審判係属中に訂正審判が請求され、これが容認された場合には、審判請求人に無効理由の主張・立証の機会を与えなければならないが、これを怠ったので、手続上の違背により審決を取り消した判決」
(東京高裁第18民事部平13(行ケ)455)
 
1.事件の概要
 特許第1677709号に関し、無効審判が請求された。
 そこで、被請求人は、第1次訂正審判を請求し、これを容認され、第1次審決(無効不成立)があった。
 これに対し、請求人は、取消訴訟をした所、審決取消判決があり、被告の上告は上告棄却となった。
 この上告棄却を受けて被請求人が第2次訂正審判を請求した所、これが容認され、第2次審決(無効不成立)があった。
 第2次取消訴訟で取消判決があった。


2.本件の争点
 第2次訂正審判により訂正が容認された際、審判長は、請求人に対し、当該訂正内容についての意見陳述の機会を与えなかったので、その可否が争点となった。

(本件発明の特許請求の範囲第1項)
 離型性を有する剥離シートAの離型性保有面に、界面活性剤を配合した接着剤組成物による所定のパターンの印刷層Bを設け、ついで該印刷層B上に、前記と実質上同一のパターンを描くようにインクによる単色または多色の印刷層Cを設け、さらにその印刷層Cの上から、前記パターンより広い面積を覆う剥離可能な保護シートDを設けた構成を有する転写印刷シート。

(訂正後の特許請求の範囲第1項)
 その上に印刷を行うための離型性を有する剥離シート(A)の離型性保有面に、配合界面活性剤の少なくとも一部にジアルキルスルホコハク酸塩、有機ケイ素系化合物、フッ素系化合物よりなる群れから選ばれた少なくとも1種の界面活性剤を用いた界面活性剤配合感圧接着剤組成物による所定のパターンの印刷層(B)を設け、次いで該印刷層(B)上に、前記と実質上同一のパターンを描くようにインクによる単色または多色の印刷層(C)を設け、さらにその印刷層(C)の上から、前記パターンよりも広い面積を覆うための、軽度の粘着力を有する接着剤によるコーティング処理が施された透明なフィルムまたはシートからなる剥離可能な保護シート(D)を貼付設置した構成を有する転写印刷シート。


3.裁判所の判断
(1)本件審決に至る手続の経緯
 本件審決に至る手続の経緯は、前記第1の1「手続の経緯」のとおりである(争いがない。)。
 そして、本件訂正を認容する審決(本件訂正審決、本件特許の登録原簿上の審決日平成13年8月15日)がされ、その確定日(同原簿上の確定日同年8月27日)の直後の同年9月5日に無効審判の請求は成り立たないとする本件審決がなされたという事実経過及び弁論の全趣旨に照らすと、特許庁が、無効審判手続の中で、原告(無効審判請求人)に対し、本件訂正審決があったことを通知したり、訂正後の明細書等を送達した事実はなく、本件訂正がなされた後の特許請求の範囲に記載された発明について、無効理由を補充、修正するための意見陳述の機会を原告に与えなかったことは明らかであり、この点は、被告も争わないところである。
 以上認定の手続の経緯を前提として、原告主張の取消事由につき判断する。

(2)手続違反の主張について
 ア)平成5年法律第26号による改正前の特許法の下においても、特許の無効審判の係属中に、当該特許につき訂正審判の審決がされ、これにより無効審判の対象に変更が生じた場合には、従前行われていた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防御について修正、補充を必要としないことが明白な格別の事情があるときを除き、審判官は、変更された後の審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならないと解される(最高裁昭和45年(行ツ)第32号昭和51年5月6日第1小法廷判決、判例時報819号35頁)。
 イ)本件において、特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正を認める本件訂正審決がされて、無効審判の対象に変更が生じたこと、及び変更後の無効審判の対象について原告(無効審判請求人)に無効原因の存否等について意見陳述の機会が全く与えられなかったことは前記(1)認定のとおりであるところ、甲第1号証(審決書)によれば、本件審決は、「本件発明(本件訂正による訂正後の特許請求の範囲第1項に記載された発明)は、上記相違点b,cに係る構成を有することにより、甲第1号証に記載された発明であるとも、甲第1、2、6、7号証及び参考資料4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認めることができない。」(審決書9頁24行?27行)、「平成9年2月13日言渡しの高裁判決において、『・・・・』と判示した点は、当該訂正によって、上記「5、対比・判断」において示したように、少なくとも相違点b、cが存在するものとなった以上、結果として本件発明の要旨の認定を誤ったものとなっているから、この判示は当審における本件発明の無効事由の判断に対して拘束力を有するものではなくなっている。」と認定判断し、本件発明について原告(無効審判請求人)の主張する新規性及び進歩性の欠如による無効の主張を排斥したことが認められる。
 本件審決の上記説示によれば、本件審決は、本件訂正により減縮された特許請求の範囲に付加された構成要件によって生じた、本件発明と審判甲第1号証記載の発明との相違点b、cを理由として、原告(無効審判請求人)が従前主張してきた無効理由を排斥し、無効審判請求は成り立たないとしたことが明らかである。
 ウ)そうすると、無効審判の対象の変更により、原告(無効審判請求人)において従前の無効原因の存否に関する攻撃防御に何らかの補充、変更をする必要が生じていたことは明白であって、審判合議体は、原告(無効審判請求人)に対して、変更後の審判対象につき、改めて無効理由の修正ないし補充のための主張、立証をする機会を与えなければならなかったというべきである。これを怠った本件無効審判手続には手続上の瑕疵があり、その瑕疵が審決に影響を及ぼすべき性質のものであることは明らかである。

(3)結論
 以上のとおり、本件審決は、その結論に影響を及ぼすべき手続的瑕疵があり、違法であるから、取消を免れない。よって、本件審決を取り消すこととし、主文のとおりは判決する。


4.考察
 本件取消訴訟は、無効審判請求中に、訂正審判が容認されたので、当然対象発明の構成要件は、特許出願の際独占して特許になるように訂正されたと認められる。
 そこで、対象発明の構成要件が変更されたのであるから、請求人は意見陳述の機会を与えられなければならないが、本件では陳述の機会を与えなかったのであるから、その違法は免れないとして審決が取り消された。
 これに対し、被告は、意見陳述は、審決に影響を及ぼさないと主張しているが訂正審判により発明の内容が訂正された(構成要件の変更)以上、審決に影響を及ぼさないとする主張には説得力がない。
 形式的に訂正されただけであって、構成要件に実質的変化がない場合には、請求人の意見が審決に影響がない場合もあり得るけれども、本件では、訂正審判で訂正が認められたのであるから、実質的には相違点があるものと認められる。
 従って、請求人に意見陳述の機会を与えないことは手続の違背となるので、取消は免れないとした本件判決は妥当と認められる。


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鈴木正次特許事務所