特許発明の数値限定の臨界的意義の検討

解説  特許無効審判請求に対する特許を維持する審決が、該特許発明の数値限定の臨界的意義の検討がなされていなかったとして審決が取り消された事例
(平成13年(行ケ)第67号 審決取消請求事件、平成16年4月28日判決言渡し 東京高裁)
 
1.事案の概要
@ 特許庁における手続の経緯
  被告は、発明の名称「風味持続性にすぐれた焼き菓子の製造方法」とする特許第2672728号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。原告は本件特許を無効にすることについての審判を請求し、平成13年1月9日特許庁は「本件審判の請求は成立たない」との特許を維持する旨の審決をした。原告は、これを不服として審決取消請求をしたものである。
A 本件発明の特許請求の範囲
  【請求項1】α、αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上を含む、焼成またはフライされた米菓類、小麦煎餅類、ビスケット・クッキー類、クラッカー類、パイ類、ケーキ類またはドーナツ類(以下「発明1」という)。
【請求項2】米菓類、小麦煎餅類、ビスケット・クッキー類、クラッカー類、パイ類、ケーキ類またはドーナツ類の製造方法であって、α、αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上を含む組成物を焼成またはフライする工程を含む、方法(以下「発明2」という)。


2.裁判所の判断
判決 特許庁が無効2000−35177号事件についてした審決を取り消す。
(1)原告主張の取消事由
@ 取消事由1 本件発明の引用発明1(本訴甲25に記載されている発明)に対する新規性の判断を誤り、審決は、本件発明の構成要件と引用発明1との対比を行っていないから、両者の一致点及び相違点についての審決の認定、判断は、全く不明であるが、甲25には、α、αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上を含む本件発明が列挙する菓子類が記載されているに等しいから、本件発明と引用発明1と同一というべきである。
A 取消事由2 容易想到性の判断を誤り、
B 取消事由3、4 本件明細書につき旧36条5項2号違反の記載不備並びに同項1号違反及び同条4項違反の記載があるのに、これがないとの誤った判断をした、
C 取消事由5 本件訂正は、特許請求の範囲を実質的に変更するものであり、要旨を変更するものではないとした判断をした、
D 取消事由6 本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものではないとし、 結果、特許法第29条2項違反の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(2)判決内容
@ 判決は、引用発明1について検討すると、甲25には、α、αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調理される、焼成されたケーキ類が開示されていることが明らかである。
A 判決は、甲26によれば、ケーキミックスの代表的な調理方法として、焼成する方法が、本件特許出願当時、周知であったことが認められる。
B 判決は、取消事由1について、本件発明と引用発明1とを対比すると、両者は、α、αトレハロースを含む、焼成されたケーキ類であるという点で一致し、本件発明においてはα、αトレハロースの含有量を「原料の総重量に対して0.1重量%以上含む」のに対し、引用発明1においては、含有量が明らかでない点で一応相違すると認められる。
C 判決は一般論として、ところで、発明の要旨に数値の限定を伴う発明において、その数値範囲が先行発明の数値範囲に含まれる場合であっても、その数値限定に格別の技術的意義が認められるとき、すなわち、数値限定に限界的意義があることにより、当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは、その発明は先行発明に対して新規性を有するが、そうでないときは、新規性を有しないというべきである。
D しかしながら、審決は、本件発明が引用発明1に対して新規性を肯定するに当って、上記一応の相違点、すなわち数値限定の格別の技術的意義(臨界的意義)を検討していないことがその説示から明らかである。
E 発明の奏する作用効果は、明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されるべきであるから、発明の要旨に数値上限定を伴う発明が上記の意味に於いて新規性を有するかどうかを判断するにあたっては、発明の詳細な説明の記載事項基づいて検討すべきところ、本件明細書には、夫々の実施例で風味が優れていたとの作用効果が記載されている。
F (審判請求人、原告)が、審判において本件発明における「0.1重量%以上」という限定には何ら臨界的意味がないことは明らかであるとした主張に対し、審決が「進歩性に対する主張としてはともかく、明細書の記載という観点からは該数値に臨界的な意義は問われないと言うべきだ」としている。
G また、「味や香りを長期間保持する」と言う事項に関して(審判甲第12号乃至甲15)は、教示するところが全くないことに照らし、審決に「長く続く優れた香りや味を保存時において比較的長い期間示した」と供述した記載があるものの、この事項は、本件発明の上記数値限定に臨界的意義があることを示したものということはできない。
H 従って、本件発明の引用発明1に対する新規性を肯定した審決の判断は、誤りであり、これが審決全体に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告の取消事由1の主張は理由がある。
よって、その余の点については判断するまでも無く、審決は取消を免れないとした。


3.考察
 数値の限定を伴う発明において、明細書に数値限定の限界的意義が明確に記載されて居なかったので、審決が取り消された。
 判決の理由中ではあるが、数値の限定を伴う発明において、その数値範囲が先行発明の数値範囲に含まれる場合であっても、その数値限定に格別の技術的意義が認められるとき、すなわち、数値限定に限界的意義があることにより、当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは、その発明は先行発明に対して新規性を有することが示されている。
 数値限定を伴う発明の特許実務において、参考になるものと思われる。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '05/6/1