職務発明対価請求事件

解説 いわゆる職務発明について、発明者であるとする原告の主張が否定された事例
(東京地裁 平成17年(ワ)第2538号 平成18年1月31日、判決言渡し)
 
1.事案の概要
 本件は、被告の従業員であった原告が、後記発明は原告の職務発明に属し、原告が発明してその特許を受ける権利を被告に譲渡したと主張して、被告に対し、特許法35条に基づき、譲渡の対価である12億5000万円の一部の請求として5000万円の支払を求める事案である。

2.裁判所の判断(判決)
 @ 判決;原告の請求を棄却する。

(1)  本件の争点
 @ 原告が本件発明の発明者か否か。
 A 原告が被告に特許を受ける権利を承継させたか否か。
 B 特許を受ける権利の譲渡の相当の対価はいくらか。


(2)  争いのない事実
 @  原告は被告会社の従業員であり、入社後一貫して営業を担当していて、平成8年当時、被告の顧客である(株)B等への営業の仕事に従事していた。被告は、試薬及び化学工業薬品等の生産、販売並びに輸出入を主たる目的とする会社である。
 A  被告は次の特許番号第3219020号の特許権(以下「本件発明」という。)を有している。発明の名称「洗浄処理剤」、平成9年5月27日出願。金属配線が施された半導体基板表面の洗浄処理を目的とする。特許公報の発明者欄には、被告の従業員であるC、D、Eの氏名が記載されている。

(3)  証拠によって認められる事実
 @  被告において、研究開発の担当部署である東京研究所第四研究室は、主として半導体等の電子工業薬品の開発を担当していて、C、D及びEは、この研究室に配属されていた。
 A  原告は、本件検討依頼書に記載された本件着想が、本件発明そのものである旨主張する。然し乍ら、認定事実によれば、被告の検討依頼書は、営業担当部署が顧客から要望を受けた場合において、研究開発担当部署に検討を依頼するために作成される被告の社内文書であって、本件検討依頼書は、被告の顧客である(株)B等の半導体メカーが洗浄処理剤のサンプルを要望したことから、被告の東京研究所に対して、これを作成するように依頼した文書であると認められる。
 B  本件発明における本件着想の位置付け
 仮に、原告が本件着想をしたとしても、以下の通り、本件着想をしたことをもって発明者と言えるものではない。

  (a) 真の共同発明者と言えるためには、当該発明における技術的思想の創作行為を現実に加担したことが必要である。従って、具体的着想を示さずに、単なるアイデアや研究テーマを与えたに過ぎないものなどは、技術的思想の創作行為に現実に加担したとは言えないから、真の発明者ということはできない。
  (b) また、化学関連の分野の発明においては、一般的に、着想を具体化した結果を事前に予測することが容易でないため、着想がそのまま当業者実施可能な発明の成立に結び付くものとは言えず、実験を繰り返してその有用性を確認し、有用性のある範囲のものを確認することによって、技術思想が完成する場合がある。従って、このような場合には、着想を示したのみでは、技術的思想の創作行為に現実に加担したとは言えないから、着想を示した者をもって真の発明者ということはできない。
 C  本件発明は、着想を具体化した結果を事前に予測することが容易と言えず、具体的実験をすることによって、初めて一定の有用性を有する組合せを特定することができるものである。
 D  以上の次第で、仮に、原告が被告に本件着想を示したとしても、営業現場に於いて周知の研究テーマを報告したに過ぎず、これをもって、原告が発明者であると認めることはできない。
 被告は、原告の本件検討依頼書が提出される前に、既に本件着想を得ていたものである。
 即ち、本件検討依頼書が提出され、これが第四研究室に到達した平成8年4月18日より前の同月15日に、Dが本件発明に関する実験を既に着手していたことが認められる。
 C、D及びEの3名は、平成8年5月14日、被告に対し、本件発明に係る発明考案届出書、特許出願依頼書及び特許を受ける権利の譲渡証を提出した。被告は平成9年5月27日、本件特許を出願した。
 以上の通り、原告は本件着想をしたものではないし、具体的な実験を経ていない本件着想は本件発明となり得ないもので、また、被告の従業員Eらは、原告から本件検討依頼書を示される前から本件発明の着想を得て既に実験に着手していたものである。よって、原告は、本件発明における技術思想の創作行為に現実に加担したとは言えず、発明者(共同発明者)と言えないことは明らかである。
 また、原告は、被告に対し、本件発明の届出をした日である平成8年4月15日から本件特許出願の日である平成9年5月27日までの間に特許を受ける権利を譲渡したと主張しているが、本件全証拠によっても、上記事実を認めるに足りない。
 なお、本件検討依頼書は、営業担当部署が顧客から要望を受けた場合において、研究開発担当部署にその検討を依頼するために作成される被告の社内文書であり、原告が、被告に対し、本件特許を受ける権利を譲渡するために作成されたものとは言えない。



3.考察
 本件は、いわゆる職務発明について、発明者であるとする原告の主張が否定された事例である。本件は、発明の完成にどのような態様で関与すれば発明者と認められるか、基準が示されたケースである。
 判決は、その理由中で、発明の具体的な着想を示さずに、単なるアイデアや研究テーマを与えたに過ぎない者などは、技術的思想の創作行為に現実に加担したとは言えないから、真の発明者と言うことは出来ないとした。
 また、化学関連の分野の発明においては、一般的に、着想を具体化した結果を事前に予測することが容易でないため、着想がそのまま当業者実施可能な発明の成立に結び付くものとは言えず、実験を繰り返してその有用性を確認し、有用性のある範囲のものを確認することによって、技術思想が完成する場合がある。従って、このような場合には、着想を示したのみでは、技術的思想の創作行為に現実に加担したとは言えないから、着想を示した者をもって真の発明者ということはできない、とした。
以上


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '06/10/25