職務発明

   職務発明・光ピックアップ事件 補償金請求控訴事件
(平成11年(ネ)第3208号 東京高等裁判所、平成13年5月22日判決言渡)
 
  主文 本件各控訴をいずれも棄却する。
      控訴費用は、各自の負担とする。


一.当事者の求めた裁判
 原告Xは、被告Y会社の社員で昭和52年に発明の名称「ピックアップ装置」とする発明をした(特公昭61−18261号公報。以下「本発明」という。)
 この発明は職務発明であったので、Y社の発明考案取扱規定により、Y社はこの発明につき特許を受ける権利を譲り受け、この発明を基にして本発明を含めて7つに分割した。
 Xは退職後Y社に対し、本件特許譲渡に対する相当の対価(特許法35条第3項)として、2憶円の支払いを求める訴えを東京地裁に提起した。
 東京地裁は、平成11年4月16日、訴えの一部を認容し、Y社に対し、Xに228万9000円の支払いを命じた。
 当事者双方がこれを不服として、控訴を提起した事案である。

一審原告
 (1)原判決のうち一審原告敗訴の部分を取り消す。
 (2)一審被告は、一審原告に対し、金5000万円及びこれに対する平成7年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (3)一審被告の控訴を棄却する。
 (4)訴訟費用は、第一審、第二審を通じて一審被告の負担とする。
 (5)第(2)、(4)項につき仮執行の宣言。
一審被告
 (1)原判決のうち一審被告敗訴の部分を取り消す。
 (2)上記敗訴部分に係る一審原告の請求を棄却する。
 (3)一審被告の控訴を棄却する。
 (4)訴訟費用は、第一審、第二審を通じて一審原告の負担とする。


二.事案の概要
1.控訴審におけるYの主張の要点
 (1)原判決は、Yの請求について、本件発明(Yが本件特許出願のころ、それについて特許を受ける権利をXに譲渡した発明をいう。本件特許は、同発明について受けた特許の一部である。)の譲渡の対価は、250万円が相当であるとしたが、原判決のこの判断は、誤った事実認定の下にされたものである。
 (2)本件特許はXに対し70億円を超える利益をもたらしたのであるから、Yに対する250万円の報償額は、特許法にいう「相当の対価」に当たらない。
 (3)原判決は、本件特許は他人の特許発明「諸隈特許」の利用発明であると認定しているが誤りである。即ち、本件特許は前記諸隈特許の権利範囲に含まれるものではない。
 (4)本件特許は、ソニー、シャープ、アイワ、ケンウッド、ビクター、三洋電機6社で実施されている。原判決は、松下電器産業、パイオニア、日立製作所の各社が本件特許を使用していないとしているが、上記各社も本件特許中「フォーカスコイルとトラッキングコイルの交差部を貫く共通の磁束」を充足することは疑がないので、本件特許が使用されているものと認められる。
 (5)原判決は、本件特許の出願中の手続不備により、無効になる可能性が否定できないとしているが、そのことは、Xの手続不備によるものであり、Yの責任ではないので、Yの請求権に支障はない。
 (6)Xは、Yの発明は未完成で具体性に欠けた提案であって、本件特許にYのアイディアは含まれていないと主張するが、XはYから本件特許に係る発明を譲り受けたとして、出願時報賞金、登録時報奨金、実施料収入時の報奨金を総てYに独占させ、社報にも掲載している。本件訴訟の一審において、第一回から第二十回までは前記について何ら異議を申出なかった。
 (7)Xは、特許法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効は、特許権等の譲渡がなされたときから進行する旨主張するが、Yの対価支払請求権の消滅時効の起算日を最終の分割支払日とすべきである。

2.控訴審におけるXの主張の要点
 (1)原判決は、本件発明譲渡の対価は250万円が相当であるとした。しかし、原判決のこの判断は、特許法35条4項の規定について誤った解釈のもとに、かつ誤った事実認定のもとになされたものである。
 (2)原判決は、「勤務規則その他の定」は、Xが一方的に定めたものであるから個々の譲渡の対価についてYがこれに拘束される理由はない旨を説示するのみで、他に合理的な理由を説示することなくその効力を否定したものであって、到底容認することができないものである。
 (3)Yは、会社の就業規則その他の諸規程の遵守を誓った誓約書を提出しており、Xの規定について包括的な同意をしていることは明らかである。またYは、Xの規定による報奨金を数回にわたり異議なく受領しているからXの規定に同意したものとみなすべきである。
 (4)本件特許は、全く無価値のものであるから、前記Xの規定を超えて特別報償を与えるような事情は認められない。
 (5)Xは本件特許に関し、利益を全く得ていない。
 a.ソニーとのライセンス契約は全部一括して無償である。
 b.諸隈特許の特許期間終了後、本件特許に対するものとして実施料の支払いに応じた会社は1社もない。
 (6)本件特許はYの提案を含んでいない「ピックアップ装置のレンズの駆動を電磁駆動方式によって二次元方向に駆動する構成」にして特許を受けたものである。Yは提案以外にもメモ、口述等により提案したと主張するが、その証拠はない。
 (7)本件特許は、出願後補正したので、無効になる蓋然性が大きく、このような内容の特許では権利行使はできない。
 (8)本件特許は出願後数件に分割したが、分割はYの提案による以外の所が大部分であって、会社独自に行い、クロスライセンスに含まれていてもロイヤリティの額に影響を受けることはなかった。
 (9)本件特許に基づく権利行使は事実上不可能であり、Yのアイディアは含まれていないのであるから、その寄与度は5%もない。
 (10)特許法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効が特許権等の譲渡したときから進行することは判例上異論がないので、原判決の判断は誤りである。


三.控訴審の判断
1.Y社の規定の性質について
 Y社は、勤務規則その他の定めによって、職務発明に係る特許権等の使用者等に対する承継等だけでなく、特許権等の承継等の「相当の対価」も従業員の同意なしに一方的に定め得ると主張したのに対し、控訴審は、特許法35条3項で「従業員等は、契約、勤務規則その他の規定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払いを受ける権利を有する」と定めている。
 従って、使用者等が、一方的に、特許権の譲渡についての対価を定めることができ、従業者等がその定めに拘束されるとしたのでは、使用者等の利益に偏し、立法の趣旨に反することは論ずるまでもないとした上で、上記立法の趣旨に照らせば、特許法35条3項、4項を強行規定と解釈すべきことも当然というべきである。
 Yは、就職時に、会社の就業規則その他の諸規程の遵守を誓った誓約書を提出しており、これによりXの規定について包括的な同意をした旨を主張するが、特許法35条3項、4項が強行規定であることに照らせば、XがY社に提出した誓約書により、就業規則、その他の諸規則について包括的な同意をしたとする主張に対し、対価の額に何らかの合意がなされたとか、対価請求権を放棄したものということはできない。
 XがY社の規定による報奨金を数回に亘り異議なく受領したとの事実実体では、その余の対価請求権を放棄する意思表示をしたとまでは認めることができず、対価請求権を放棄する意思表示をしたと認めるには、そのような評価を許す根拠となる特別の事情が必要であるのに、同事情に該当すべき事実は、認めることができない。

2.Xが受けるべき利益の額について
 本件特許により、Xが受けるべき利益についての当事者の主張はいずれも採用することができない。
 そして、本件特許は諸隈発明の利用発明であるということ、各社との交渉では諸隈特許が中心的な交渉の対象となり、本件特許及び前記分割特許には重きがおかれていなかったこと、ソニーは諸隈特許の存続期間満了後、実施料を払っていないこと、諸隈発明がすべての製品に用いられていること、本件特許及び前記分割特許(甲第43乃至第46号証、Y社は本件発明を本件特許を含めて7つに分割した)には無効事由が存在する蓋然性が極めて高いこと、当初出願の発明のままでは、各社のピックアップ装置がこれを実施していると評価することができないこと(Xの提案内容が、Y社の特許担当者を中心とした提案で大幅に変更されたものである)等の諸点を総合すると、本件発明によりY社が受けるべき利益額を5000万円とした原審には合理性があるというべきである。
 以上によれば、本件発明によりY社が受けるべき利益額5000万円から、Y社の貢献度95%に相当する金額を控除した、Xの受けるべき職務発明の対価を250万円とし、(同金額からXが発明考案取扱規定に基いて受領している額)既払分の21万1000円を控除した残額である228万9000円を認容額とした原判決は相当である。

3.Y社の貢献度について
 XはY社の貢献度は60%を超えないとし、Y社はXの貢献度はゼロ(Y社の貢献度100%)を主張したが、Xの提案内容が、Y社の特許担当者を中心とした提案で大幅に変更されたものであること、当初出願の内容では、各社のピックアップ装置がこれを実施しているとはいえず、上記変更の結果各社のピックアップ装置の一部がこれを実施していると評価できる内容になったこと、本件発明がXの担当分野と密接な関係を有するものであること(証拠、弁論の金趣旨)等の事情を考慮すると、本件発明がなされるについてY社が使用者として貢献した程度は95%であるとした(認定する根拠を2点挙げている)原判決には合理性があるというべきである。

4.消滅時効の成否について
 Y社は、対価支払請求権の消滅時効が、特許権を譲渡した時から進行する旨主張したのに対し、控訴審は、Xに対し工業所有権収入取得時期報償が支払われた平成4年10月1日までは、算定の基礎となる工業所有権収入は必ずしも明らかではなく、XがY社からいくらの報償額が受け取れるかが不確定であったということができるから、同日までは、Xが相当の対価の請求権を行使することは期待し得ない状況であったというべきであり、同日までは消滅時効は進行しないと解するのが相当である。


四.まとめ
 (1)本判決により、「職務規定その他」に従って報奨金が支払われた後であっても、特許法35条3項の「相当の対価」の請求ができることが判示された。
 (2)前項の「相当の対価」の請求権の消滅時効の起算点は、前記報奨金等の最終支払日とすることが合理性があるとされた。
 (3)前記「相当の対価」の算定方法について、使用者等と、発明者との寄与度を基準としたのも一方法として合理性がある。
 (4)実施料収入の場合には、比較的金額を確定し易いが、使用者のみが実施者であって相当の利益をあげた場合に職務規定等の正当性、及び、合理性は、俄に定め難い。


五.考察
 本件は職務発明の「相当の対価」に関し、原審が支持された事例である。
 職務発明の対価をめぐる訴訟の増加、請求金額の大型化等(青色レーザー事件)が新聞で報道されて社会の関心を呼んでいる。
 企業側でも研究開発のインセンテイブを与える目的で、相当の対価の見直しの動きがある(社内規定の上限額の引き上げ、上限額の撤廃等)。また、最近該当条文を見直し、もう少し明確な基準を示すための改正問題なども浮上してきたことが報道されている。
 上記事情に鑑み、「相当の対価」は今後の判例の積み重ねによって、適正になると思料するが、本判決は、その一例として、算定の方向性を示すものということができる。


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鈴木正次特許事務所