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 商標「野口英世」は、細菌学者として世界的に著名な故野口英世博士の氏名を表したものであり、同博士の業績を讃え、その業績や意志を引き継ぐ事業や団体等が国内外に実在することから、同博士の遺族と無関係の者が同遺族等の承諾を得ることなく指定商品「ビール等」について登録すると、著名な故人の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声・名誉を傷つける虞があるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、公の秩序又は善良な風俗を害する虞がある、と判断された事例
(不服2003-20794、平成18年5月30日審決、審決公報第81号)
 
第1 本願商標
 本願商標は「野口英世」の文字を標準文字で書してなり、第32類「ビール,清涼飲料,果実飲料,ビール製造用ホップエキス」を指定商品として、平成14年11月18日に登録出願されたものである。

第2 原査定の拒絶の理由
 原査定は、「本願商標は、世界的に著名な医学者である故人の氏名であって、『米国財団法人 野口英世記念財団』が野口英世博士のロックフェラー医学研究所における数々の業績を記念して国際医学貢献を目的に2002年4月にニューヨーク州の許可を受け設立されており、該公益法人は医療情報システムに関する基本的かつ総合的な調査、研究、開発及び実験を行うとともに、これらの成果の普及及び要員の教育研修等を行うことにより、医学、医術の進展に即応した国民医療の確保に資し、もって国民福祉の向上と情報化社会の形成に寄与することを目的とし活動していることからも、このような商標を前記財団法人の承認を得ることなく出願人が商標として採択、使用することは国際信義に反するものであり、穏当でない。したがって、本願商標は商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。

第3 当審の判断
1 商標法第4条第1項第7号について
 「世界的に著名な死者の氏名を遺族と何等関係を有しない者が遺族等の承諾を得ることなく商標として登録することは、故人の名声、名誉を傷つける虞があるばふりでなく公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の社序又は善良の風俗を害するものといわざるを得ない。」と解される(東京高裁平成13年(行ケ)第443号判決 平成14年7月31日判決言渡参照)。

2 これを本件についてみるに、本願商標は「野口英世」の文字を標準文字で表してなるところ、野口英世は、世界的に有名な細菌学者であり、梅毒スピロヘータの純粋培養に成功したことや黄熱病研究に尽力したこと等で知られる人物であり、近時においては、その業績等を讃えて我国の通貨(1000円紙幣)に肖像が採用されていることは遍く知られているところである(審査甲第3号証)。
 そして、「野口英世」は野口英世博士の氏名として、我国の一般世人にも広く知られているものであり、これに止まることなく、世界的にもその業績とともに著名であるといえる。さらに、野口英世博士の業績を讃え、或いは、その業績や遺志を引き継ぐ事莱や団体等が国内外に実在することもまた知られたところである(例えば、野口英世記念財団(http://www.noguchi-hideyo.com/hideyo/../index.html)、野口英世記念舘(http://www.noguchihideyo.or.jp/)、野口医学研究所(http://www.noguchi-net.com/)及び審査甲第1号証)ことからも、同人は世界的に有名な細菌学者として著名な存在であり、その死亡時から査定時及び今日においても、その著名性が継続していると認められる。

3 そこで、本件の請求人(出願人)と前記野口英世博士との関係についてみるに、両者が何等かの関係を有する者であると認め得る証左はなく、また、当該氏名の出願や登録に関して、何等かの承諾等を得た者であるともいえないものであるから、本件の請求人(出願人)は、故野口英世博士とは何等関係を有することのない者といわざるを得ない。

4 してみれば、本願商標は指定商品の取引者、需要者に故野口英世博士の氏名を表す文字よりなるものと容易に認識させるものであるから、遺族等の承諾を得ることなく本願商標を指定商品について登録することは、著名な死者の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声・名誉を傷つける虞があるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、公の秩序又は善良な風俗を害する虞があるといわざるを得ないものである。
 なお、請求人(出願人)は、登録例を挙げて、本願商標も同様に登録されて然るべきであると主張する。
 しかしながら、本号に該当するか否かは、査定時又は審決時において、それぞれ個別具体的に判断されるべきものであり、例えば、請求人(出願人)の主張する登録第4195559号(審判甲第3号証)「福沢論吉」は、無効審判(無効2004−89021)によって、商標法第4条第1項第7号により無効になっていること、及び登録第2685845号(審査甲第12号証の1)「ダリ DALI」と同様な標章「ダリ DARI」(登録第3370476号商標)が、前述の通り、商標法第4条第1項第7号に違反して登録されたものと判示されていることからも、登録例によって本件の判断を左右され得ないことを窺うことができる。
 したがって、請求人(出願人)の主張は採用できない。

5 以上の通り、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するとして本願を拒絶しと原査定は、妥当であって、取り消すことはできない。
 よって、結論の通り審決する。


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '07/5/25