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 商標「口腔内科学会」は、「口腔内科」が正式な標榜科名でないとしても、全体として「口腔内科についての学者が研究上の協力、連絡、意見交換等のために組織する団体」を認識させるものであり、該学会に係る正当な地位を有する者であることが明らかでない請求人(出願人)が、私的独占使用の目的をもって採択し、これを商標として登録することは、その役務の需要者、取引者をして、実際に存在する学会であると誤認せしめ、実在する学会と相紛らわしく混同を生じやすい上に、他の歯学、歯科関係者による口腔内科関連の学会の名称の使用を困難又は不可能にするだけでなく、商標権を巡る争いなど、無用な混乱を招く虞があり、公正な競業秩序を害する虞があるから、商標法第4条第1項第7号に該当する、と判断された事例
(不服2008-33024、平成21年9月28日審決、審決公報第121号)
 
1 本願商標
 本願商標は、「口腔内科学会」の文字を標準文字で書してなり、第42類に属する願書記載の通りの役務を指定役務として、平成19年7月10日に登録出願されたものであるが、その後、指定役務については、原審における平成20年8月19日付手続補正書により、第42類「口腔内科に関する研究及びこれに関する情報の提供」と補正されたものである。

2 原査定の拒絶の理由
 原査定は、「本願商標は、その構成中に『学者相互の連絡、研究の促進、知識・情報の交換、学術の振興を図る協議等の事業を遂行するために組織する団体』を意味し、全体として団体の名称を表示するものとして用いられる『学会』の文字を有してなるから、この学会との関係が認められない一私人たる出願人が、これを本願の指定役務について使用したときは、恰も当該名称の団体の取扱いに係る役務であるかの如く認識させ、商取引における秩序を乱す虞があるものと認める。したがって、本願商標は商標法第4条第1項第7号に該当する。」旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。

3 当審の判断
 本願商標は、前記1の通り「口腔内科学会」の文字を標準文字で書してなるところ、その構成中『学会』の文字は、「学者相互の連絡、研究の促進、知識・情報の交換、学術の振興を図る協議等の事業を遂行するために組織する団体」(広辞苑第6版)を意味するものである。
 また、その構成中「口腔内科」の文字は、フリー百科事典「ウィキペディア」によれば、「歯科医学の一分野。口腔に症状を及ぼす全身性の疾患を診断し、外科的なアプローチとは異なる方法で口腔疾患の治療を行うもの」を意味するものであるが、現在のところ、「口腔内科」は正式な標榜科名(病院や診療所が外部に広告できる診療科名)として認められてはいないものの、北海道大学、北海道医療大学、日本大学、東京歯科大学、松本歯科大学など国内のいくつかの歯学部で講座或いは診療科として開設されており、患者数の急激な増加に伴い、一般に認識されつつある分野である。
 さらに、歯学系学会間の交流推進を図る団体である日本歯学系協議会の加盟団体の中には、現に活動しており、多くの会員数を擁する「日本口腔科学会」「日本口腔外科学会」等が存在している事実も認められる。
 ところで、商標法第4条第1項第7号の規定の趣旨は、商標の構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合及び商標の構成自体がそうでなくとも、指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も含まれるものとみるのが相当と解されるところ、「口腔内科学会」は、請求人も述べている通り、現在、設立前の実体のない学会であり、かつ、請求人が該名称の学会との関係において、本願を出願し権利を取得するべき正当な地位を有する者であることも明らかにされていないものである。
 そして、上記の実情に鑑みれば、「口腔内科学会」の文字からは、看者をして「口腔内科についての学者が研究上の協力、連絡、意見交換等のために組織する団体」を認識させるものであり、該学会に係る正当な地位を有する者であることが明らかでない請求人(出願人)が、私的独占使用の目的をもって採択し、これを商標として登録することは、その役務の需要者、取引者をして、実際に存在する学会であると誤認せしめ、当該役務がかかる「学会」と何らかの関係を特つものと理解させ、さらに前記した実在する学会と相紛らわしく混同を生じやすいものと言わざるを得ないものであり、他の歯学、歯科関係者による口腔内科関連の学会の名称の使用を困難又は不可能にするだけでなく、商標権を巡る争いなど、無用な混乱を招く虞があり、公正な競業秩序を害する虞があるから、請求人(出願人)が、該学会の名称を採択し、これを商標として登録することは、社会公共の利益に反し、また、社会の一般的道徳観念に反するものというのが相当である。
 尚、請求人は「『口腔内科学研究会』が『口腔内科学会』の前身であり、当該研究会関連の出願を本願商標の共同出願人である『株式会社タキザワ漢方廠』が出願した実績があるから、本願商標の団体に対しても当然に関係あるものと想像でき、本願商標を出願し権利を取得すべき正当な地位にあるといえる。」旨主張しているが、前記した通り、該名称の学会は実体のないものであり、かつ、請求人が該名称の学会との関係において、本願を出願し権利を取得するべき正当な地位を有する者であることを示す具体的な証拠が提出されているとも認められないから、請求人の該主張を採用することはできない。
 したがって、本願商標を商標法第4条第1項第7号に該当するとした原査定は、妥当であって、取り消すことはできない。
 よって、結論の通り審決する。


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/08/03