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  本願商標「モナリザ」は、商標法第4条第1項第7号に該当しない、と判断された事例
(不服2020-9377、令和3年3月23日審決、審決公報第257号)
 
第1 本願商標

 本願商標は、「モナリザ」の文字を横書きしてなり、第31類に属する願書記載のとおりの商品を指定商品として、平成31年2月20日に登録出願され、その後、指定商品については、原審における令和元年12月10日付けの手続補正書により、第31類「ホップ,食用魚介類(生きているものに限る。),海藻類,野菜,糖料作物,果実,麦芽,あわ,きび,ごま,そば(穀物),とうもろこし(穀物),ひえ,麦,籾米,もろこし,飼料用たんぱく,種子類,獣類・魚類(食用のものを除く。)・鳥類及び昆虫類(生きているものに限る。),蚕種,種繭,種卵,漆の実,未加工のコルク,やしの葉」に補正されたものである。


第2 原査定の拒絶の理由(要点)

 原査定は、日本を含む世界中の人々に広く知られている芸術作品の名称である「モナリザ」の文字よりなる本願商標について、登録を受けることは、社会公共の利益、社会の一般的道徳観念又は国際信義に反するおそれがあり、本願商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であるというのが相当であるから、本願商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する旨を認定、判断し、本願を拒絶したものである。


第3 当審の判断

1 本願商標について
 本願商標は、「モナリザ」の文字からなるところ、当該文字は,「レオナルド=ダ=ヴィンチ作。フィレンツェの貴婦人の肖像画。」の意味を有する語である(「広辞苑 第七版」株式会社岩波書店)。

2 商標法第4条第1項第7号について
 商標法第4条第1項第7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、(1)その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、(2)当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、(3)他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、(4)特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、(5)当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきであると判示されている(知財高裁平成17年(行ケ)第10349号判決同18年9月20日判決参照)。
 ところで、絵画などの有形の文化的所産等(以下「文化的所産等」という。)は、その価値が認められ、国民や地域住民に親しまれており、その周知・著名性ゆえに強い顧客吸引力を発揮する場合が多いと考えられる。
 そうすると、文化財等の名称等からなる商標は、(ア)文化財等の知名度、(イ)文化財等に対する国民又は地域住民の認識、(ウ)文化財等の利用状況、(エ)文化財等の利用状況と指定商品又は指定役務との関係、(オ)出願の経緯・目的・理由、(カ)文化的所産等と出願人との関係、(キ)文化的所産等を管理、所有している者の性質等を総合的に勘案して、当該商標を特定の者の商標としてその登録を認めることが、社会公共の利益又は国際信義に反し、社会の一般的道徳観念に反するものと認められる場合には、商標法第4条第1項第7号に該当するというべきであるから、以下、本願商標について、上記(ア)ないし(キ)について検討する。

3 商標法第4条第1項第7号該当性
(1)事実認定
 「モナリザ」について、職権調査によれば、次のことを認めることができる。
 ア 「モナリザ」の周知・著名性
 「モナリザ」は、上記1のとおり、「レオナルド=ダ=ヴィンチ作。フィレンツェの貴婦人の肖像画。」として辞書に掲載されていることに加え、別掲(1)のとおり(※記載省略、「モナリザ」が取り上げられた新聞記事の例があげられている。)、我が国の新聞記事において幾度となく取り上げられ、世界有数の美術館であるルーブル美術館(パリにあるフランスの国立美術館)が所蔵し、一般公開されているものであって、ルーブル美術館において、特に人気の高い作品であること、その来場者の多くが「モナリザ」を目当てとしていることなどが紹介されているものであることからすれば、「モナリザ」は、我が国や諸外国において広く一般に知られているものといえる。
 イ 「モナリザ」に対する国民又は地域住民の認識
 「モナリザ」は、上記アのとおり、我が国や諸外国において広く一般に知られているほか、別掲(1)エないしカのとおり、ドイツの大学図書館やルーブル美術館とカナダの研究者との協力により、「モナリザ」のモデルとなった人物が誰であるかの調査が行われ、疑問視されていたモナリザのモデルの謎が解明されたことや、「モナリザ」の展示を安全に、かつ世界中の人々が鑑賞できるよう、「モナリザ」の展示エリアが専用展示室に移動したことなどが新聞で紹介されるなど我が国や諸外国において広く親しまれているといえる。
 ウ 「モナリザ」の名称の利用状況
 「モナリザ」は、別掲(2)のとおり(※記載省略、我が国における「モナリザ」の展示の例があげられている。)、我が国の東京国立博物館において、1974年4月に「モナリザ」を一般公開する展示会が、「モナリザ展」と称して開催され、期間中の入場者数は151万人だったことが認められる。
 また、我が国において、別掲(3)のとおり(※記載省略、「モナリザ」をテーマとした展示会例があげられている。)、「モナリザ」を主題にした作品の展示会が開催されたことが認められる。
 しかしながら、これらの展示会は恒常的に開催されているようなものではなく、期間限定のものであり、これらによって、地域の振興等を図るために利用されている事実は見いだすことができない。
 なお、「モナリザ」が展示されているルーブル美術館のあるフランスや、作者であるレオナルド=ダ=ヴィンチの出生地といわれるイタリア(以下、フランスとイタリアをまとめて「『モナリザ』ゆかりの国」という。)において、「モナリザ」の欧文字表記である「Monna Lisa」又は「Mona Lisa」の文字が、公益的な機関による地域振興等の施策に使用されている事実も見いだすことはできない。
 エ 「モナリザ」の名称の利用状況と本願商標の指定商品との関係
 「モナリザ」の名称は、上記ウのとおり、我が国において、「モナリザ」を一般公開する展示会や「モナリザ」を主題にした作品の展示会の名称の一部に利用されていることは認められるものの、本願商標の指定商品は、上記第1のとおり、第31類「ホップ,食用魚介類(生きているものに限る。),海藻類,野菜,糖料作物,果実,麦芽,あわ,きび,ごま,そば(穀物)」他であり、これらの商品は、「主として、食用の処理をしていない陸産物及び海産物、生きている動植物及び飼料」であり、「モナリザ」の文字が利用されている展示会とは密接な関連性を有するものではない。
 オ 出願の経緯・目的・理由等
 本願商標の出願の経緯、目的及び理由についての具体的な事情は確認できない。
 カ 文化的所産等と出願人との関係
 出願人(請求人)と「モナリザ」との関連性は、何ら見いだすことはできない。
 キ 文化的所産等を管理、所有している者の性質
 「モナリザ」を所蔵し、管理しているのは、パリにあるフランスの国立美術館であるルーブル美術館である。

(2)判断
 上記(1)ア、イ及びキのとおり、「モナリザ」は、パリにあるフランスの国立美術館であるルーブル美術館が所蔵し、一般公開されている絵画であって、辞書、新聞記事等での掲載等から、我が国や諸外国において、広く親しまれているものと認められる。
 そして、「モナリザ」の名称は、上記(1)ウのとおり、「モナリザ」が我が国において一般公開された際の展示会の名称や、「モナリザ」を主題にした作品の展示会の名称の一部に利用されていることが認められる。
 しかしながら、本願商標の指定商品は、上記(1)エのとおり、「モナリザ」の文字が利用されている展示会とは密接な関連性を有するものではなく、当審において職権をもって調査するも、本願商標に係る指定商品を取り扱う分野において、「モナリザ」及びその欧文字表記である「Monna Lisa」又は「Mona Lisa」の文字が、我が国あるいは「モナリザ」ゆかりの国において、地域の振興等を図るために利用されている事実を見いだすことはできない。

 以上の事情を考慮すれば、本願商標がその指定商品に使用された場合、社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するとはいえないというのが相当である。
 そして、本願商標は、その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく、かつ、他の法律によって、その商標の使用等が禁止されているものではない。
 また、本願商標は、特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は国際信義に反するものでもなく、さらに、 請求人が、上記(1)カのとおり、「モナリザ」とは何ら関連性がない企業であるとしても、上記(1)オのとおり、本願商標の登録出願の経緯に、社会的相当性を欠くというべき事情も見いだせない。
 してみれば、本願商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標というべきものではない。
 したがって、本願商標は、商標法第4条第1項第7号に該当するとはいえないから、これを理由として本願を拒絶した原査定は、取消しを免れない。
 その他、本願について拒絶の理由を発見しない。
 よって、結論のとおり審決する。


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '21/12/10