改正特許法等の解説・2005
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  | 1.職務発明制度の改正 |
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(1)改正をめぐる動き | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
@ 職務発明制度は、特許法35条に規定され、大正10年法に概ね現在の規定となり昭和34年法に受け継がれている。 A 職務発明制度の本来の趣旨は、「使用者、法人、国又は地方公共団体(使用者等)」が組織として行う研究開発活動が我が国の知的創造において大きな役割を果たしていることにかんがみ、使用者などが研究開発投資を積極的に行い得るような安定した環境を提供するとともに、職務発明の直接的な担い手である個々の「従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(従業者等)」が使用者などによって適切に評価され報いられることを保障することによって、発明のインセンティブを喚起しようとするものである。それは、全体として我が国の研究活動の奨励、研究開発投資の増大を目指す産業政策的な側面を持つ制度であり、その手段として、従業者等と使用者等との間の利益調節を図ることを制度趣旨としている。(産業構造審議会知的財産政策部会報告書「職務発明規定のあり方について」) B 現状の職務発明制度一特許法35条では、「特許を受ける権利」を従業者等(発明者)に原始的に帰属させ、従業者等が特許を取得した場合には、使用者等に無償の通常実施権を付与して(1項)、使用者等に承継した場合には従業者等に対価を得る権利を与えている(3項)。対価の額は、使用者等が受ける利益と発明完成に至る使用者の貢献度とが考慮されて決定される(4項)。 C 表1に示すように、法人出願の大半が職務発明と考えれば、職務発明は、全出願の96%に及んでいる。職務発明規定をいかにまとめるかが、法目的である「発明創作」「産業の発達」の鍵となる。
『特許行政年次報告書2003年版』編集特許庁 発行発明協会より 実用新案に旧法適用の出願含む、商標に国際登録出願含まず 合計の()内は外国人の内数 D 職務発明の論議は、「対価の額」が訴訟の場に登り、平成7年に提訴されたオリンパス事件の判決が出された頃から本格化した。企業側(使用者等)は、請求される訴額(対価の額)の大きさに驚き、長期にわたり対価が確定しないことに対する不安を募らせ、発明者側(従業者等)は白分が受け取った対価は正当だったのかと考えるようになった。昨今の知財立国の流れの中で、ますます訴訟が増えることも予想される。
特許庁「新職務発明制度における手続事例集」より(判決文、訴状及び報道などにより作成(原告の算定による相当の対価の額は、主位的主張)) E また、一方で、報奨金制度自体が設けられていない企業も少なくない。例えば、日本労働研究機構が平成14年9月に発表した「従業員の発明に対する処遇について」によれば(上場・店頭公開企業240社のWEB上のアンケート調査)、特許権等の取り扱いの明文の規定がある企業は全体の64.6%に過ぎない。製造業関連では8割を超えるが、サービス業では4割を切っている。 F このような中で、職務発明制度の改正である。 |
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(2)改正の概要 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
@ 特許法35条第1〜3項は実質的に変わっていない。従って、従業者等が特許を受けた場合等には、使用者等はその特許権について無償の通常実施権を得られる(1項)。職務発明の場合を除き、勤務規則等で規定した予約承継は無効である(2項)。職務発明について、使用者等に特許を受ける権利や特許権を承継した場合等には、従業者等は相当な対価を受ける権利を有する(3項)。 今回の改正で、契約等で対価を定めた場合、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められない限りその対価がそのまま「相当の対価」として認められる旨の第4項を新たに規定し、また、旧第4項を見直して、新第5項とした。 A 第4項は第3項に規定している「相当の対価」を契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができること及びその要件について明らかにしている。 一方、第5項は ・契約、勤務規則などその他の定めにおいて、職務発明に係る対価について定めていない場合、又は ・定めているが、第35条第4項に規定する要件を見たしていない場合(即ち「不合理」な場合) に適用される。従って、第4項の規定する要件を満たしている場合には、第5項は適用されないことになる。 従って、特許法第35条第4項にある「相当の対価」とは、 ・「定め」が不合理でない限り、「定め」で定めた対価が「相当の対価」となる。(4項) ・「定め」で対価について規定していない場合、又は「定め」が不合理な場合には第5項の規定により定められた対価が「相当な対価」となる。(5項) B 第4項及び第5項の「その定めたところにより対価を支払うこと」とは、職務発明に係る対価として、契約、勤務規則その他の定めにより支払われる金員の額が決定されて支払われるまでの全過程を意味する。 また、全過程の中には、 ・どのような手続きが行われたのかという意味における手続き面の各要素 ・対価を決定する基準の内容や最終的に決定された対価の額といった実体面の各要素の両方が含まれるとされている。但し、不合理と認められるものであるか否かの判断において、実体面の要素は、手続き面の要素と比較して補完的に考慮されると解されている。 「その定めたところにより対価を支払うこと」についての判断は、個々の職務発明毎に行われる。 C 第4項では、考慮事項の例示として、 ・基準の策定に際しての協議の状況 ・策定された基準の開示の状況 ・対価の額の算定についての従業者等からの意見の聴取の状況 を挙げている。ここで、 「協議」とは、対価を決定するための基準を策定する場合において、その基準の策定に関して、基準の適用対象となる職務発明を行う従業者等(又はその代表者)と使用者等との間で行われる話合い全般を意味する。 また、「開示」とは、対価を決定するための基準を策定した場合において、その基準の適用対象となる職務発明を行う従業者等がその基準を見ようと思えば、いつでも見られる状態にする(提示する)ことを意味する。 また、「意見の聴取」とは、職務発明に係る対価について定めた契約、勤務規則その他の定めに基づいて、具体的に特定の職務発明に係る対価の額の算定を行う場合、その算定に関して、当該職務発明の発明者である従業者等から、意見、不服などを聴くことを意味する。 また、「状況」とは、協議等の有無、すなわち協議等がなされたか否かという二者択一的な判断のみならず、協議が行われた場合におけるその協議等の状況全般まで協議要素となるということを意味する。 D 第4項により、特定の職務発明に係る対価が決定して支払われるまでの「全過程」が総合的に判断されることになる。従って、その全過程における諸事情や諸要素は、総て考慮の対象となり、その中で特に手続面が重視され考慮され、判断が行われる。 「・・・等を考慮して」の「等」には全過程の内、不合理性を判断するために必要とされる手続面の要素であって、例示されている以外のものや、基準の内容、最終的に支払われる対価の額、といった実体面の要素の総てが含まれるとされている。 E 第4項の「不合理」の判断はどのように行われるであろうか。条文上、対価の額自体の合理性も考慮されるか否か暖昧であるが、特許庁は上記のように、手続重視で実体も補完的に考慮するとしている。例えば、従業者が100万円請求したが、使用者が10万円として対価を定めた場合、その手続に不合理性が無ければ、10万円が対価として認定されるか、あるいは、額の算出自体に不合理性があった場合に、4項で「全体として不合理」と判断されるか否かという問題である。 この点、「手続事例集」では、以下のように説明している。 第4項の「不合理」の判断は、「その定めたところにより対価を支払うこと」、即ち第4項に基づき、ある職務発明に係る対価として、契約、勤務規則その他の定めにより、支払われる金員の額が決定されて支払われるまでの全過程を総合的に判断して行う。 そして、総合的な判断においては、全過程のうち手続面の要素が重視され、実体面の要素が補完的に考慮される。一般に手続それ自体としては、不合理と認められない場合には、対価が低額であっても不合理であると評価される可能性は低いと考えられるが、最終的に算定された対価の額が過度に低額であるような場合には総合的な判断において、不合理であると評価される可能性があると考えられる。 また、前述のように、不合理性の判断においては、全過程の中の一つの要素が不合理性を肯定する方向に働いたとしても、それが結論において不合理性を肯定することに直結するわけではない。 F 尚、日本でなされた職務発明に基づき外国で権利取得した場合の調節については、今回は見送られた。権利の承継の対価に関する法の適用関係についてや、判例、学説において見解の一致が見られない点と、「発明」「特許権」「特許を受ける権利」の概念が各国において異なるなどの理由による。尚、外国出願についても権利の承継とその対価を定めている企業もあるが、それが有効であることはいうまでもない。 また、審議会では、使用者等が長期にわたり対価の額が不透明な状態に置かれるので、短期消滅時効の規定を設けるべきとの意見もあったが、見送られた。従って、判例により一般債権の消滅時効10年が適用される(民法167条)。短期消滅時効の設定は裁判を受ける権利の実質的な侵害になり、正当化する事由も見出せない等の理由による。 |
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(3)特許庁「手続事例集」とその対応 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
@ 平成16年9月に発行された特許庁「新職務発明制度における手続事例集(以下、手続事例集)」では、第4項の不合理性の判断の要素毎に細かに説明されている。 基礎編では、第2章から「協議」「対価を決定するための基準の内容」「策定された基準の開示」「従業者等からの意見の聴取」「契約を締結する場合」「その他」に分けてQ&A形式で説明している。応用編では、想定した従業者・使用者の状況のもとで、ケースをべ一スとしたQ&A形式となっている。 重要なのは、対価を決定するための基準は、必ず策定しなければならないものではなく、職務発明がなされる頻度が少ない等の理由で職務発明がなされれる度に、従業者等と契約を交わすことも、それが不合理でなければ、許容されうるという点である。 また、個々の判断要素は、あくまで「不合理性を肯定する方向に働く」か「不合理性を否定する方向に働く」かであり、前記のように一連の流れとして全体として「不合理か否かが」判断される。 A 以下、「手続事例集」に沿って、概略を列挙する。 【協議】 ・基準は1つで無くとも良く、部署毎・発明の内容毎に作成しても良い。 ・勤務規則以外で別途基準を作っても良い。 ・基準を労働協約や就業規則で定めることもでき、不合理性が否定されるものではない。 ・集団的な話し合いも協議であるが、あくまで個々の案件で個別の従業者等との関係で判断される。 ・労働協議では、役員が協議対象に含まれないので、従業者等に含まれる役員との間では、使用者等は協議がなされていないことになる。 ・協議が要件であって「合意」は要件ではないので、打ち切られた協議でも実質的に協議が尽くされたとして不合理性が肯定する方向に働く場合もある。 ・協議にあたり、使用者等が従業者等へ開示する内容として、職務発明制度の説明は前提として、「作成した基準案、従業者等の処遇の内容、使用者等が受けている利益の状況、使用者等の費用負担やリスクの状況、研究環境の充実度・自由度、同業他社の基準」等が例示されている。 ※尚、協議の中に第三者を入れるトレンドは無いようであるが、「不合理を否定する方向に大きく動く」と考える向きもある。 【基準の内容】 ・ケースバイケースで、判例に基づいても基づかなくても良いとしている。 ・対価の額の算定を実績保証にしなければ不合理となるものでもない。 ※従業者等のやる気をどう出すかであり、「○○円/件」、であっても不合理とならない場合も考えられる、と説明されている。 【基準の開示】 ・開示の方法も「掲示、交付、イントラネットで公開、サイト上で公開」等様々な方法が考えられる。 ・開示時期は承継前が望ましいが、いつでも見られるような状況にあれば、開示されなかったことですぐに不合理が肯定されるわけでもない。 【意見の聴取】 ・個々の従業者等から意見が表明されなかったことだけで、不合理性が肯定されるわけではない。 ・共同発明の場合、一番上の職位の者を通じて意見を聴取しても、必ずしも不合理性が肯定されるものでもない。 ・退職者からも意見を聴取することが望ましい。 ・合意が要件ではないので、意見聴取の過程が問題となる。 【契約】 ・契約は、協議の結果合意に至っているので、不合理性を否定する方向に働くが、自由意思に基づいた行為か否かが問われる。 【その他】 ・基準を改訂する際には、再協議をすることが望ましい。 ・入社前にできた基準は、新入社員との関係では協議されていないと判断される。 ・大学でも企業と同様である。 ・基準を策定し最終的に「低額とは言えない対価」を支払ったとしても、計算間違いや情報が抜けた状態で算定をした場合等には、追加的に支払いが命じられることもある。 ・使用者等としては、後日の紛争に備えて、不合理性の判断の基礎となる資料は可能な限り保管しておくことが望ましい。 B この法律の施行日は、平成17年4月であり、それまでに特許を受ける権利を承継し、又は専用実施権を設定した場合には現行35条が適用される。従って、施行日以降に承継等した案件が新法の適用となり、出願の時期は問わない。 現行分と改正分で2本立てとなることが煩雑であるので、改正分の1本化でまとめる企業もあるようである。 |
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(4)まとめ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
@ 職務発明の議論の中で、「利益を生んだのは、営業部社員や宣伝部社員の努力によるもので、「研究所の一発明者」の発明だけではない。なのに、なぜ、発明者ばかりに、賃金以外に多額のお金を渡さなければならないのか?」との発言が良く聞かれた。答えは、特許法に規定があるからである。 例えば「輸出支援法」のような法律があり、「輸出売上で外貨を得ることが重要である。各社で最も輸出売上げを上げた社員に利益に応じる報奨金を与えなければならない」との規定があれば、高売上の営業部社員にも対応できよう。 特許法は、特許があるから他社を排除して有利な営業活動ができた点に着目しているおり、秘蔵化せずに発明を公開したこと等で産業の発達が図られていると考えられているのである。 A また、「研究者は成功した場合に報酬をよこせというが、失敗の責任を取らない」との意見も多く語られていた。逆に、研究者に、コスト意識の必要性も叫ばれている。 技術者・研究者にノルマを決めて発明を出させることも、発明の感覚を得させて、将来の大発明への訓練をさせる点では必要であろう。いくつかの企業では、研究課題と将来の事業との関係を明確にさせる努力も進みつつある。例えば、化学系のM社では「Show the money」として、研究者に、研究開発課題と事業化との関係を求める例などが報道されている。これからは「リスクを負わない技術開発」では、生き残りが厳しい状況になりつつあるとも言える。 B また、特許査定率は、51.4%(2002年『特許行政年次報告書2003年版』)であるので、年間特許出願件数約40万のうち特許権は約20万件成立することになる。概算すれば過去10年分で190万件の職務発明の特許が成立し、そのうち訴訟に至ったケース8件ほどとすれば(表2)、対価の争いになるケースは極めて「まれ」とも言える。 そのためだけに、大きな時間とコストを掛けて基準作りをすることの是非も語られている。基準作りを目的化せずに、企業に貢献する発明を生む環境をいかに作るのかという視点で、職務発明規定の見直しや新設を図ることが求められる。 C また、「退職後でなければ、訴訟を請求できない」というところに、職務発明を生む環境の問題点がある。対価に不満があっても言えなかったのか、あるいは「自分が評価されない」という意識が退職に至り、「評価の事実」を求めて訴訟に至っているのであろうか。 発明者が「私の発明の対価はもっとあって良いはずだ」と公に発言し、全社的に議論して納得できる環境が必要であり、「知財立国」を知財部や研究所の周辺で終わらせない、ことが重要であろう。 今回の改正は問題点も多々指摘されているが、職務発明規定の見直しや新設を通じて、全社的に「知財立国」の環境へ近付き、より多くの発明を生む素地が築かれることを願う。 |
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