改正特許法等の解説・2011〜特許制度をめぐる審議状況、「新規事項追加」の
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2.「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の改訂審査基準 | |
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(1)はじめに |
特許庁は平成22年6月1日に「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準の改訂を公表した。公表された改訂審査基準は同日(平成22年6月1日)以降の審査に適用されている。 知的財産高等裁判所特別部において平成20年5月30日に言い渡された判決(平成18年(行ケ)第10563号 ソルダーレジスト(除くクレーム)事件)(5人の裁判官から構成される合議体により審理・裁判が行なわれた大合議判決)で、補正が許される範囲について一般的な定義が示されていた。その後の知的財産高等裁判所の判決でも一貫して前記の定義が引用されて判示がなされ、また、前記の大合議判決も確定することとなった。これを受けて改訂審査基準が昨年公表されたものである。 この審査基準の改訂は、従来の審査基準に基づく審査実務を変更せず、大合議判決との整合をとるという観点から行われたものであり、特許出願の審査実務に変動を及ぼすものではない。 しかし、特許出願後に行った明細書・特許請求の範囲又は図面の補正が新規事項追加に該当するか否かは、拒絶理由(特許法第49条第1号、同法第17条の2第3項又は第4項)、無効理由(特許法第123条第1項第1号)に影響するものである。そこで、改訂審査基準の概要を紹介する。なお、詳細は、特許庁のホームページに掲載されている。
http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/meisaisyo_shinsa_kaitei.htm
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(2)大合議判決(平成18年(行ケ)第10563号 ソルダーレジスト事件) |
本件は特許第2133267号に対する特許無効審判請求(無効2005−80204号)において特許権者が、いわゆる「除くクレーム」形式の訂正を請求し、特許庁がこの訂正請求を「明細書に記載した事項の範囲内である」等の訂正の要件を満たすものであるとして認めた上で無効審判請求を棄却したことに対して、無効審判請求人が審決の取消を求めて出訴したものである。 知財高裁では原告の請求は棄却された。そして、この判決において、前記の訂正請求が認められるか否かが取消事由の一つとして争われ、判決の中で、補正が許される範囲についての一般的な定義が示された。 この判決では、特許法第17条の2第3項(平成6年改正前の特許法第17条第2項)において「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」こととした趣旨が次のように判示された。 平成6年改正前の特許法は、補正について「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないと定めることにより、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保し、発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するととともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし、さらに、特許権付与後の段階である訂正の場面においても一貫して同様の要件を定めることによって、出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して、先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものであると理解することができる。 これを踏まえて、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」の文言の意味について以下のように判示された。 「明細書又は図面に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。 以上にように示された基準がいわゆる「大合議判決基準」と呼ばれている。 この大合議判決においては改訂前の審査基準が「大合議判決基準」に整合するものであることが次のように判示されていた。 もっとも、明細書又は図面に記載された事項は、通常、当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから、例えば、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において、付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような訂正は、特段の事情のない限り新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり、実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。 そして、本件事件における「除くクレーム」形式の訂正を「大合議判決基準」に照らして認めるべきものであるとした上で、改訂前の審査基準における「除くクレーム」形式の補正に関する記載が、「例外的」に認める、としていた点について「特許法の解釈に適合しないもの」であるとして、次のように判示していた。 「除くクレーム」とする補正についても、当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては、最終的に、上記ア(注:大合議判決基準)において説示したところに照らし、明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり、「例外的」な取扱いを想定する余地はないから、審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は、上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり、これと同趣旨を述べる原告の主張は相当である。 もっとも、審査基準は、特許出願が特許法の規定する特許要件に適合しているか否かの特許庁の判断の公平性、合理性を担保するのに資する目的で作成された判断基準であり、審査基準において特許法自体の例外を定める趣旨でないことは明らかであるから、原告の主張のうち、審査基準の上記記載が特許法の例外を明示的に定める趣旨であるとの理解を前提とする部分は、そもそも相当ではない。 このように、改訂前の審査基準が「大合議判決基準」に整合するものであるとの判示がなされていたが、その一方で、改訂前の審査基準における「除くクレーム」形式の補正に関する説明において、「例外的」な取扱として許容するのではなく、「明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべき」という判示がなされていた。 そこで、大合議判決との整合をとるという観点から、現行の審査基準に基づく審査実務を変更することなしに審査基準の改訂が行われたものである。 |
(3)審査基準改訂の骨子 |
上述の大合議判決を踏まえた審査基準改訂の骨子は以下の通りである。 |
A.一般的定義の新設 |
大合議判決で示された補正が許される範囲についての一般的な定義を踏まえて以下の一般的な定義が設けられた。 「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。したがって、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「当初明細書等に記載した事項の範囲内において」するものということができる。 ※当初明細書等=願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面 |
B.「新たな技術的事項を導入しないもの」の類型についての整理 |
改訂前の審査基準では、 「『当初明細書等に記載した事項』とは、『当初明細書等に明示的に記載された事項』だけではなく、明示的な記載がなくても、『当初明細書等の記載から自明な事項』も含む。」と説明されていた。 これを、 「『当初明細書等に明示的に記載された事項』だけではなく、明示的な記載がなくても、『当初明細書等の記載から自明な事項』に補正することは、新たな技術的事項を導入するものではないから、許される。」という表現に改訂した。 補正された事項が“明示的記載+自明”な事項である場合は、特段の事情がない限り、新たな技術的事項を導入しないものであるとした大合議判決を受け、“明示的記載+自明”な事項である場合は、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることを明らかにしたものである。 また、改訂前の審査基準の「各論」において「補正が認められる」とされていた箇所を、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとするという表現に変更し、さらに、改訂前の審査基準において「補正が認められない」とされていた箇所を、「新たな技術的事項を導入しないものとはいえない」として補正を認めないこととするという表現に変更した。 |
C.「除くクレーム」とする補正についての整理 |
改訂前の審査基準では次のように説明されていた。 「除くクレーム」とは、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。 補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には、許される。 なお、次の(i)、(ii)の「除くクレーム」とする補正は、例外的に、当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。 (i) 請求項に係る発明が、先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該重なりのみを除く補正。 (ii) 請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、特許法第29条第1項柱書の要件を満たさない、あるいは、同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」が除かれれば当該拒絶の理由が解消される場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該「ヒト」のみを除く補正。 改訂後の審査基準では、改訂前における 「次の(i)、(ii)の『除くクレーム』とする補正は、例外的に、当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。」の部分が、 「次の(i)、(ii)の『除くクレーム』とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。」 という表現に改訂された。 すなわち、「例外的に」という言葉が削除され、前記B.と同様に、現行審査基準の「除くクレーム」において「補正が認められる」とされていたところが、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとするとされた。 |
D.審査基準のいずれの類型にも該当しないものの取扱い |
現行審査基準に示されていない類型の補正について前記A.の一般的定義にしたがって判断する際の審査基準の適用に関する方策が、改訂審査基準に記載され、また、併せて記載の整合をとるようにした。 |
(4)大合議判決以降の動向 |
大合議判決がされて以降の、補正・訂正を論点とした判決の中で「当裁判所の判断」中に「技術的事項」という文言が用いられている判決は10件以上存在しているが、審査基準や特許庁における審査実務を否定するものは存在していない。また、特許庁の判断と知財高裁の判断との間に相違が認められたものは多くない。 以下に紹介する2件は、特許庁の判断と知財高裁の判断との間に相違が認められたものである。 いずれも個別具体的な案件であり、前述したように、多くの判決では審査基準や特許庁における審査実務が認められ、特許庁と知財高裁の判断との間に相違が存在していないことから、以下の2件を大合議判決の射程を定めるものとして用いることはできない。しかし、「補正が明細書等に記載された技術的事項との関係において、新た登技術的事項を導入しないもの」である場合には、当該補正は「明細書等に記載された範囲内においてするものである」とする大合議判決基準の意義を検討する一つの資料になると考えられるのでここに紹介する。 |
A.平成20年(行ケ)第20053号審決取消請求事件 |
本件は特許第3784398号(保形性を有する衣服)に対する特許無効審判請求(無効2006−80082号)において特許権者が訂正請求を行い、特許庁がこの訂正請求を認めず、更に、当該特許を無効にしたことに対して、特許権者が無効審決の取消を求めて出訴したものである。 訂正前の請求項1記載の発明 衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成し,該袋に曲げたり波立たせたり変形自在であってその変形形状を保持可能なワイヤを挿通したことを特徴とする保形成を有する衣服。 訂正後の請求項1記載の発明(下線が訂正した部分) 衣服の襟、ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って、衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して袋を形成し,該袋に曲げたり波立たせたり変形自在であってその変形形状を保持可能なワイヤを挿通したことを特徴とする保形性を有する衣服。 特許庁の判断 「衣服の襟、ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って、衣服の表側を構成する上布の裏側に別布を縫合して、袋を形成」することは、本件特許の願書に添付された明細書及び図面に記載されておらず、当該明細書又は図面の記載から自明の事項ということもできないから、訂正事項は、特許請求の範囲の減縮を目的にしたものでなく、願書に添付した明細書又は図面に記載されていない事項を要件とするものであり、かつ実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものであるから、本件訂正は,特許法134条の2第5項で準用する同法126条3項,4項に規定する要件を満たしていない。 知財高裁の判断 以下のように大合議判決基準を摘示した後、明細書、図面の内容を詳細に検討して、前記の訂正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内において」するものであると判示して無効審決を取り消した。 訂正が、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができ、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において、付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような訂正は、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号事件・平成20年5月30日判決参照) |
B.平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件 |
本件は特許第3552217号(高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム)に対する特許無効審判請求(無効2008−800233号)において、特許権者が特許出願係属中の平成15年12月12日付の手続補正書によって行っていた補正が新規事項追加に該当するものであったとして、当該特許が無効にされたことに対して特許権者が無効審決の取消を求めて出訴したものである。 平成15年12月12日付の手続補正書による補正の内容 特許請求の範囲の請求項1における 「高断熱・高気密住宅」との事項を 「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」 に補正したものである。 特許庁の判断 前記の補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとはいえないので、特許法17条の2第3項の規定に違反してなされたものであり(新規事項追加の補正に該当する)、本件特許は、同法123条1項1号に該当し、無効とすべきである。 知的財産高等裁判所の判断 大合議判決基準を摘示すると共に、「補正が、特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても、補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではく、補正により付加された事項が、発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して、新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる」と判示した。 その上で、「本件補正は、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。」として、補正が特許法17条の2第3項の規定に違反することを理由としてなされた無効審決を取り消した。 なお、この判決は、審査基準改訂の際のパブリックコメントにおいて東京医薬品工業協会知的財産研究会特許部会が取り上げ、補正の予測不可能性が生じるおそれを指摘し、審査基準を尊重する立場から、従前の通り、第三者が不測の不利益を披ることのないような運用が維持されるよう要請がされている(上述した特許庁HPに改訂審査基準(案)に寄せられた意見として公表されている)。 以上
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