改正特許法等の解説・2012

〜イノベーションのオープン化、審判制度等の見直し、
    料金・手続の見直し、意匠法審査基準等、商標審査基準〜(1)

  目次
 

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  1.特許法などの改正(1/3)
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(1)イノベーションのオープン化への対応
 A 通常実施権等の対抗制度の見直し 
【現行制度の概要及び課題】
 現行特許法における特許権についての通常実施権に関する事項は、特許庁に備える特許原簿に登録するものとされており(特許法第27条第1項第2号)、これにより、特許権の譲受人等の第三者から差止請求、損害賠償請求を受けることなく、ライセンシーは実施事業を継続することができる。このように特許権の譲受人等の第三者に対して通常実施権を主張するためには、あらかじめ特許庁に通常実施権の登録をしておくことが必要とされている(特許法第99条第1項)。
 しかしながら、通常実施権の登録によるライセンス契約の存在・内容の公示を避けたい等の理由から、通常実施権の登録制度はほとんど利用されていないのが実情である。このため、ライセンスの対象となった特許権が譲渡されると、ライセンシーの実施事業の継続が困難になり、大きな損失を被りかねない(図表1−1)。
 そこで、ライセンシーの適切な保護を図るため、通常実施権等の対抗制度が見直された。

[図表1−1]
図表1−1

(特許庁発行の説明会テキストより)
 なお、特許庁発行の説明会テキストは特許庁のホームページからダウンロード可能である。
 http://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/h23_houkaisei.htm

【改正の概要】
I.当然対抗制度の導入(図表1−2)

 通常実施権、仮通常実施権の登録制度を廃止し、登録しなくても、特許権の譲受人等の第三者に対して対抗できる「当然対抗制度」が導入された(特許法第99条、第34条の5)。また、通常実施権、仮通常実施権の移転等に伴う権利変動について、登録を対抗要件とする規定が削除された。
 なお、通常実施権は指名債権に該当すると解されることから、施行後は、通常実施権の権利変動についての対抗要件は、民法上の指名債権の規定(民法第467条等)に従って規律されることとなる(特許法改正テキストより)。

[図表1−2]
図表1−2

(特許庁発行の説明会テキストより)
II.特許法の他の制度との関係
@ 当然対抗制度の導入により、通常実施権等の登録制度は不要となるため、廃止された(特許法第27条第1項第2号、第3号及び第4号)。
A 通常実施権者が薬事法の処分等を受けている場合には、登録の有無にかかわらず、これを根拠とする特許権の延長登録出願をすることが可能となった(特許法第67条の3第1項第2号)。
B 裁定の請求がなされた場合には、登録の有無にかかわらず通常実施権者が意見を述べることが可能となった(特許法第84条の2等)。
C 登録した仮通常実施権者の承諾が必要であった規定について一部その承諾が不要となった(図表1−3)。

[図表1−3]

現行法で登録を備えた仮通常実施権者の承諾が必要な行為 法改正後
特許出願の放棄又は取下げ(特許法第38条の2) 仮通常実施権者の承諾を不要とした。
国内の特許出願に基づく優先権主張(特許法第41条第1項ただし書、実用新案法第8条第1項ただし書) 先の出願の明細書等に記載された範囲に限り後の出願に実施権を引き継ぐこととし、仮通常実施権者の承諾を不要とした。※
特許出願から実用新案登録出願への変更(実用新案法第10条第9項) 変更出願に仮通常実施権を引き継ぐこととし、仮通常実施権者の承諾を不要とする。※
また、出願変更の対象である特許出願について、仮専用実施権についての仮通常実施権が許諾されていた場合においても、変更出願に仮通常実施権を引き継ぐこととし、仮専用実施権についての仮通常実施権者の承諾を不要とした。※
特許出願から意匠登録出願への変更(意匠法第13条第5項)

※ 当事者間で実施権を引き継がない旨の合意がある場合には、実施権を引き継がない。
 ○ なお、特許権等の放棄、訂正審判の請求及び実用新案登録に基づく特許出願については、引き続き通常実施権者等の承諾が必要である。
(特許庁発行の説明会テキストより)
III.関連規定
@ 経過措置
 施行前から存在する通常実施権等であって、施行の際現に存在するものについては、当然対抗制度が適用され、施行後の特許権の譲受人等の第三者に対して、登録なくして通常実施権等を対抗できることになる(附則第2条第3項、第11項。図表1−4)。
 また、通常実施権等の移転等の権利変動について、施行前の登録により特許権の譲受人等の第三者に対して通常実施権等を対抗できるものについては、施行後もその効力は維持されることになる(附則第2条第5項、第13項。図表1−4)。

   [図表1−4]

図表1−4

(特許庁発行の説明会テキストより)
A 他法での取扱い
 実用新案法及び意匠法においても、特許法と同様に、通常実施権について「当然対抗制度」が導入された(実用新案法第19条、意匠法第28条)。また、仮通常実施権についても「当然対抗制度」が導入された(実用新案法第4条の2、意匠法第5条の2)。
 商標法においては、通常使用権についての「当然対抗制度」は導入されていない。

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 B.冒認・共同出願違反の出願に係る救済措置の整備 
【現行制度の概要及び課題】
 近年、技術開発の高度化、複雑化に伴い、複数の企業や大学等が共同して技術開発や製品開発を行うオープン・イノベーションが活発化している。このような状況下、共同研究、共同開発の成果である発明について冒認又は共同出願違反による出願が発生するケースが見受けられる(図表1−5)。

[図表1−5]
共同研究・共同開発の現状
共同研究・共同開発をした経験がある企業・大学 約95%
現在、共同研究・共同開発を実施している企業・大学 約75%

冒認・共同出願違反の実態
冒認出願された経験がある企業・大学 約31%
共同で出願すべき発明について単独で出願された経験がある企業・大学 約40%

(資料) 「特許を受ける権利を有する者の適切な権利の保護の在り方に関する調査研究報告書」(社団法人日本国際知的財産保護協会、2010年)(アンケート調査回答企業・大学数:912)
(特許庁発行の説明会テキストより)
 現行制度では、冒認出願等に対して真の権利者が採り得る手段としては、
 ・無効審判による冒認出願等に係る特許の無効化
 ・不法行為に基づく冒認者等に対する損害賠償請求
 ・新規性喪失の例外を利用した新たな特許出願
が挙げられる。また、真の権利者が自ら出願した上での特許権設定登録後における特許権の移転が認められた裁判例もある。
 しかし、真の権利者にとって自己の発明についての特許権を取得するためには、上記の手段では必ずしも十分とは言い難い。
 そこで、真の権利者に冒認出願等に係る特許権が返還される制度が導入された。

【改正の概要】
I.特許権の移転請求権の創設(図表1−6)

 冒認又は共同出願違反による出願に対して、真の権利者が冒認者等から特許権を返還できる移転請求権が導入された(特許法第74条第1項)。
 特許法第74条第1項によれば、
 特許が第123条第1項第2号(共同出願違反によるもの)又は同項第6号(冒認出願によるもの)に規定する要件に該当するときは、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者(真の権利者)は、経済産業省令で定めるところにより、その特許権者に対し、当該特許権の移転を請求することができる。
 また、移転請求権が行使されて、真の権利者への特許権の移転の登録がされたときは、当該特許権は初めから真の権利者に帰属していたものとみなされる(特許法第74条第2項)。
 この制度により真の権利者の救済が明文化されたが、具体的な要件は省令で定められる点に注意が必要である。

   [図表1−6]

図表1−6

(特許庁発行の説明会テキストより)
II.特許権の移転登録前の実施による通常実施権(特許法第79条の2)
 真の権利者により移転請求権が行使された場合に、以下のとおり、冒認者等からの特許権の譲受人等が当該特許権に係る発明の実施を継続できる通常実施権が規定された(図表1−7)。
(a) 真の権利者への特許権の移転の際現に、特許権若しくは専用実施権又はそれらについての通常実施権を有する者であって、特許が冒認又は共同出願違反の無効理由に該当することを知らないで、日本国内において当該発明の実施又はその準備をしている者は、
(b) その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、
(c) その特許権について通常実施権を有する。
 一方、真の権利者は、通常実施権を有する者から相当の対価を受ける権利を有することになる(特許法第79条の2第2項)。

[図表1−7]
図表1−7

(特許庁発行の説明会テキストより)
III.関連規定
@ 冒認等の無効理由
 移転請求権が行使されて、真の権利者に特許権が移転した場合には、冒認又は共同出願違反の無効理由に該当しないことになった。これにより、冒認又は共同出願違反の無効理由を根拠とする無効の抗弁によって、真の権利者による特許権の行使ができないということは生じない(特許法第123弟第1項第2号及び第6号の括弧書)。
A 冒認等を理由として無効審判を請求できる者(図表1−8)
 真の権利者が特許権を取得する機会を担保するため、真の権利者(特許を受ける権利を有する者)のみが、冒認又は共同出願違反を理由として無効審判を請求できることになった(同条第2項)。
B 冒認者等の権利行使に対して無効の抗弁を主張できる者(図表1−8)
 真の権利者のみが、冒認又は共同出願違反を理由として無効審判を請求できることになったが、それにより無効の抗弁を主張できる者が真の権利者に限定されないように扱われる(特許法第104条の3第3項)。例えば、冒認者等から特許権の権利行使を受けた真の権利者及び第三者は双方とも、冒認又は共同出願違反を根拠とした無効の抗弁を主張することができる。
C 冒認出願の先願の地位
 真の権利者が同一の発明について重複して特許権を取得する事態を防止するため、冒認出願について先願の地位が認められることになった(特許法第39条第6項の削除)。
D 実用新案法及び意匠法においても、本救済措置は導入される。
E 本救済措置は、改正法の施行日以後に出願されたものに適用される(附則第2条第9項等)。

[図表1−8]
図表1−8

(特許庁発行の説明会テキストより)
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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '12/6/14