改正特許法等の解説・2006

〜知的財産高等裁判所の創設と知的財産訴訟、
         改正商標法・改正不正競争防止法の解説〜(3)

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  1.知的財産高等裁判所の創設と知的財産権訴訟<(3/3)
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(4)侵害訴訟等の流れ
@ 裁判所法などの一部を改正する法律(平成16年法律第120号)により特許法104条の3等が新設されたので、その取り扱いが注目される。

特許法(特許権者等の権利行使の制限)
第104条の3 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。

2 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

 特許法104条の3は、実用新案法第30条、意匠法第41条、商標法第39条を介して、各法に準用されている。

A これまでの審理は「キルビー事件」最高裁平成12年4月11日判決に基づき、侵害訴訟では、「無効理由が存在する場合の権利濫用の抗弁」として主張され、裁判所の判断が積み上げられてきた。同判決では、以下のように判事されていた。

「・・・しかし、本件特許のように、特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合にも、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求が許されると解することは、次の諸点にかんがみ、相当ではない。・・・したがって、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。」

 この判決と特許法第104条の3の文言を比べてみると、特許法104条の3では、キルビー判決の「無効理由が存在することが明らか」の“明らか”が削除され、新たに「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」が加わった。
 権利濫用の主張の要件と、特許法104条の3第1項の要件とが異なるとの見解、キルビー判決の流れの中で特許法104条の3の改正に至っているので改正の趣旨は変わらないとの見解もあるが、定まっていないと思われる。

B 先日確定した松下電器とジャストシステムの訴訟の知財高裁での判決について、特許法第104条の3と審理期間について述べる。
 裁判所法などの一部を改正する法律(平成16年法律第120号)の附則第2条、第3条で、口頭弁論が終結していない本件の知財高裁の審理に特許法104条の3が適用された。
 原審では、被告は引用発明に基づく容易想到性を理由に、特許発明の無効理由の存在が明らかであるとして、権利濫用の主張をした。原判決では、この主張は採用されずに、原告勝訴の判決となった。控訴審では、控訴人(被告)は、新しい証拠を提出すると共に、特許法104条の3に基づく権利行使の制限の主張に改め、権利濫用の主張を撤回した。そして控訴判決では、「以上によれば、本件発明、すなわち、本件第1発明ないし本件第3発明は、乙18発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明に係る本件特許は、特許法29条2項に違反してされたものであり、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるというべきである。したがって、特許権者である被控訴人は、同法104条の3第1項に従い、控訴人に対し、本件特許権を行使することができないといわなければならない。」とし、原判決を取消した(特許権者側の敗訴)。
 今回の事件では、特許無効審判は請求されていないようであるが、控訴人(被告)は、権利濫用の主張を取り下げて、特許法第104条の3の規定による主張に改めているが、両主張は矛盾するものではないと考えられるが、「権利濫用」は例外的な主張との印象が強く、条文上の明文規定がある主張を採用したものと思われる(裁判所からの指導も予想されるが確認はできなかった)。今回の判決をきっかけに、今後の実務の運用は、特許法104条の3第1項の流れになると考えられる。
 また、今回の裁判は、知財高裁初の5人の裁判官による合議であり、業界での注目も大きかった。審理手続の流れを見てみると、
  • 2月1日 東京地裁判決
  • 7月15日 知財高裁口頭弁論終結
  • 9月30日 知財高裁判決
となっており、知財高裁では、実質4ヶ月半の審理期間であり、ここ数年の平均審理期間の8〜10ヶ月【資料1−8】と比べても半分の審理期間である。従って、訴訟に臨むにあたり周到な準備を極めて短期間で成す必要がある。

【資料1−8】

知財高裁HPデータに基づき執筆者が作成

C 侵害訴訟が提起された場合に被告側が無効審判を請求する実務はこれまでも多くなされており、特許庁審判部主席審判長(当時)豊岡静男氏の分析によれば、平成15年4月から平成16年3月までに、終局判決が出された侵害訴訟判決のうち、無効審判が請求された特許権は43%である(逆に無効審判を請求していない事案が47%である)という(豊岡静男「特技懇」234号より)。
 今回の特許法第104条の3の改正であっても、特許庁での無効審判による特許権の有効性の判断と、侵害訴訟での侵害の有無の判断は並行して進むいわゆる“ダブルトラック”の存在を前提としている。従って、特許庁においては「地裁における侵害論の審理が終了する前に審決し、しかも、その判断が地裁の裁判官を納得させ、高裁に出訴されても覆らないものとするように、最大限の努力が必要であろう。・・・審判には一審級省略されるにふさわしい厳格な審理が期待されているのである」(豊岡静男「特技懇」234号)。という、審理状態を一刻も早く築ける体制が求められる。

参考文献
[1]知財高裁HP    http://www.ip.courts.go.jp/
[2]『特集 動き出した知財高裁』「ジュリスト」1293号(2005.7)
[3]豊岡静男『審決取消訴訟について』特許庁技術懇話会「特技懇」誌234号(2004.9)
   http://www.tokugikon.jp/gikonshi/
[4]日本弁理士会HP 日本弁理士会ソフトウエア委員会 上羽秀敏
−松下のアイコン特許は無効、ジャストが逆転勝訴!−平成17年(ネ)第10040号 特許権侵害差止請求控訴事件
   http://www.jpaa.or.jp/appeal/opinion_20051012.html
[5]村林隆一『特許法第104条の3の解釈論』日本弁理士会「パテント」(2004.11)
[6]尾崎英男・江藤聰明編著『平成特許法改正ハンドブック』三省堂(2004.7)

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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/6/12