改正特許法等の解説・2008
〜発明の単一性の要件・知的財産裁判の動向
   意匠保護の動向・商標保護の動向の解説〜(1)

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  1.「発明の単一性の要件」等の改訂審査基準の解説
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(1)「発明の単一性の要件の改訂審査基準」の特徴
 昨年3月23日に特許庁から公表された「発明の単一性の要件の改訂審査基準」は、「従来の審査基準を明確化したもの」であるとして、平成16年1月1日以降の特許出願で、平成19年4月1日以降係属中の案件に適用される。
 従来の審査基準と、改訂審査基準との大きな相違点は次の2つである。

A.単一性違反の発明について審査を行わない
 「発明の単一性の要件に違反する」との拒絶理由を通知した発明については、新規性・進歩性など、発明の単一性の要件(特許法第37条)以外の特許要件についての審査を行わないこととした。
 従来の審査基準における「審査の進め方」では、「特許請求の範囲の最初に記載された発明に対して発明の単一性の要件を満たさない発明」については、「新規性・進歩性等の特許要件について審査をしていないことを明記して、(発明の単一性の要件違反の)拒絶理由のみを通知することができる。」とされていた。
 これが、「(第37条違反で)審査の対象とならない発明に関しては、第37条以外の要件について審査をしていないことを明記した上で、(発明の単一性の要件違反の)拒絶理由のみを通知する。」とされた。
 このため、従来は、拒絶理由通知書において「第37条違反(発明の単一性の要件違反)」を指摘された請求項に係る発明についても、新規性・進歩性等の特許要件について審査が行われ、第37条違反の拒絶理由の他に、新規性・進歩性違反等の拒絶理由が記載されることがあった。
 しかし、今回の改訂により、平成16年1月1日以降の特許出願であって、平成19年4月1日以降係属中の案件に関しては、発明の単一性違反で審査の対象とならない発明に関しては、一律に、第37条以外の特許要件(新規性・進歩性等)について審査が行われないことになった。

B.審査対象の決定手順
 特許請求の範囲の最初に記載された発明が特別な技術的特徴を有しない場合に、審査対象となる発明を決定する手順(審査対象の決定手順)が示された。
 以下「特別な技術的特徴(Special Technical Feature)」を単にSTFと表す。
 従来から、明細書、特許請求の範囲及び図面(以下「明細書等」という。)の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、特許請求の範囲の各請求項に記載されている発明のSTFを把握し、これらのSTFが同一の又は対応するものであるかどうかを判断して、同一の又は対応するSTFが存在しないときは、発明の単一性の要件を満たさない、としていた。
 そのため、平成16年1月1日以降の特許出願については、従来から、請求項1に記載された発明がSTFを有しない場合には、請求項1に記載された発明と請求項2以降の各請求項に記載された発明との間で同一の又は対応するSTFを見出すことができず、発明の単一性の要件を満たすとはいえないとされていた。
 そして、改訂後の審査基準では、前記A.の変更により、請求項2以降の各請求項に記載された発明については、審査対象とせず、第37条違反(発明の単一性の要件違反)の拒絶理由を通知し、新規性・進歩性等の特許要件についての審査が行われないことになってしまう。

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(2)STFを有しない発明
 出願人が発明を特定するために必要な事項として請求項に記載した事項(発明特定事項)のうち、発明を技術的に特定する事項に基づいて把握される「技術的特徴」が次の@〜Bのいずれかに該当するときには、従来から、この技術的特徴は「発明の先行技術に対する貢献をもたらすものでない」とされていた。
 @ 先行技術(第29条第1項各号に該当する発明を意味し、本願の出願時に公開されていないものは含まない。)の中に記載されている場合
 A 一の先行技術に対する周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではない場合
 B 一の先行技術に対する単なる設計変更である場合
 そこで、請求項1に記載されている発明特定事項のうち、発明を技術的に特定する事項に基づいて把握される「技術的特徴」が前記@〜Bのいずれかに相当する場合には、請求項1に記載された発明はSTFを有さず、改訂後の審査基準では、請求項1に記載された発明との間で発明の単一性の要件を満たさない発明(請求項2以降の各請求項に記載された発明)を審査対象にせず、第37条違反(発明の単一性の要件違反)の拒絶理由を通知し、新規性・進歩性等の特許要件についての審査を行わないことになる。
 ようするに、請求項1に係る発明が、新規性のない場合はもちろん、「新規性のない発明に対して周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等を行っただけでしかなく、新たな効果を奏するものではない」、あるいは「新規性のない発明についての単なる設計変更である」と審査官に認定された場合、「請求項1に係る発明はSTFを有しない」とされ、請求項2以降の各請求項に記載された発明については審査されなくなってしまう。
 従来から、請求項1に記載する発明については、より広い効力範囲となるように工夫してきたところであるが、あまりに広い場合、前記のように認定されることがあるので注意を要する。

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(3)請求項1にSTFがない場合の審査対象決定手順
 第37条は出願人等の便宜を図る趣旨の規定であることを考慮し、請求項1にSTFがない場合であっても、例外的に、請求項2以降に係る発明について、発明の単一性の要件を問わず、審査対象にすることが示された。
 以下、特許請求の範囲が下記のような記載であると仮定して、審査対象決定手順の一例を説明する。
請求項1:a+b
(a+bは新規性のない発明aに周知技術bを付加しただけで新たな効果を奏さず「STFを有しない」。)
請求項2:a+b+c
 (a+b+cは新規性のない発明aに周知技術b、cを付加しただけで新たな効果を奏さず「STFを有しない」。)
請求項3:a+b+c+d
請求項4:a+b+c+e
請求項5:a+b+c+f
請求項6:a+b+g
請求項7:a+b+c+d+h
請求項8:a+b+c+d+i
請求項9:a+b+c+d+h+j

手順1:請求項1のSTFの有無を検討
     ⇒STFなし

手順2:請求項1に係る発明の発明特定事項をすべて含む(注)同一カテゴリーの請求項に係る発明のうち、請求項に付した番号の最も小さい請求項に係る発明についてSTFの有無を判断する。前記の例では、請求項6ではなく、請求項2のSTFの有無を検討する(請求項2⇒STFなし)
(注)発明の「発明特定事項をすべて含む」場合には、当該発明に別の発明特定事項を付加した場合に加え、当該発明について一部又は全部の発明特定事項を下位概念化した場合や、当該発明について発明特定事項の一部が数値範囲である場合に、それをさらに限定した場合等も含まれる。

手順3:既にSTFの有無を判断した請求項に係る発明がSTFを有しない場合には、次に、直前にSTFの有無を判断した請求項に係る発明の発明特定事項をすべて含む同一カテゴリーの請求項に係る発明のうち、請求項に付した番号の最も小さい請求項に係る発明を選択してSTFの有無を判断する。前記の例では、請求項4、5ではなく、請求項3のSTFの有無を検討する。

手順4:手順3をSTFを有する発明が発見されるまで繰り返す。

手順5−1:STFを有する発明が発見されれば、それまでにSTFの有無を判断した発明、及び当該STFを有する発明の発明特定事項をすべて含む同一カテゴリーの発明を審査対象とする。
 例えば、請求項3にSTFがある場合には、
請求項1、2、3
(それまでにSTFの有無を判断した発明)及び、
請求項7、8、9
(当該STFを有する発明の発明特定事項をすべて含む同一カテゴリーの発明)
を審査対象にする。
 すなわち、この場合には、請求項4、5、6は審査の対象にならない。

手順5−2−1:手順3、4において、次にSTFの有無を判断しようとする請求項に係る発明が、直前にSTFの有無を判断した発明に技術的な関連性の低い技術的特徴を追加したものであり、かつ当該技術的特徴から把握される、発明が解決しようとする具体的な課題も関連性の低いものである場合には、更にSTFの有無を判断することなく、それまでにSTFの有無を判断した発明を審査対象とする。
 すなわち、請求項3に係る発明が、直前にSTFの有無を判断した請求項2に係る発明に技術的な関連性の低い技術的特徴(構成要件d)を追加したものであり、かつ当該技術的特徴から把握される、発明が解決しようとする具体的な課題も関連性の低いものである場合には、更にSTFの有無を判断することなく、それまでにSTFの有無を判断した請求項1、2のみが審査対象になる。

手順5−2−2:手順3、4において、次にSTFの有無を判断しようとする請求項に係る発明において、直前にSTFの有無を判断した発明に追加した構成要件から把握される解決しようとする具体的な課題が、直前にSTFの有無を判断した発明が解決しようとする課題と密接に関連する場合には、当該請求項に係る発明及び、それまでにSTFの有無を判断した発明を審査対象とする。
 すなわち、請求項3に係る発明において、直前にSTFの有無を判断した請求項2に係る発明に追加した構成要件である構成要件dから把握される解決しようとする具体的な課題が、請求項2に係る発明が解決しようとする課題と密接に関連する場合には、請求項3及び、それまでにSTFの有無を判断した請求1、2を審査対象とする。

手順6:手順5−1、手順5−2−1、手順5−2−2で審査対象とした発明について審査を行った結果、審査が実質的に終了している他の発明(例えば、カテゴリー表現上の差異があるだけの発明)についても、審査対象に加える。
(注)前記は、改訂審査基準に記載されている一例を簡略化したものに過ぎないので、より正確には改訂審査基準を検討することをお勧めする。

 改訂審査基準は
  http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/bunkatu_kizyun.htm
からダウンロード可能である。
 請求項1をより広い範囲で特許請求しようとした場合、請求項1がSTFを有しないと判断されることが起こりえる。この場合、請求項2以降の請求項の中のどれが審査対象になるか、請求項2以降の各請求項の記載に応じて変動が生じる可能性がある。前記の場合も、請求項3にSTFがある場合、あるいはSTFがない場合、STFがない請求項2に係る発明に対して請求項3に係る発明に追加された発明特定事項によって解決しようとする課題の相違、等々によって審査対象が変動している。
 そこで、特許請求の範囲の各請求項(特に、請求項2)の記載に関しては今まで以上に慎重に検討する必要がある。
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(4)「特別な技術的特徴(STF)」を変更する補正
   平成18年法律改正により、平成19年4月1日以降の特許出願については、補正前の特許請求の範囲の発明のうち拒絶理由通知において特許をすることができないものか否かについての判断が示された発明と、拒絶理由通知後に補正された発明とが、同一の又は対応するSTFを有しないことにより、発明の単一性の要件を満たさなくなるような補正(以下「シフト補正」という。)が禁止された(特許法第17条の2第4項)。いわば、発明の単一性の要件が補正後の特許請求の範囲の発明にまで拡張されたといえる。
 なお、シフト補正は、拒絶理由(第49条)ではあるが、無効理由(第123条)とはされていない。これは、発明に実質的に瑕疵があるわけではなく、補正後の発明について審査を受けるためには二以上の特許出願(分割出願)とすべきであったという手続き上の瑕疵があるのみで、そのまま特許されたとしても直接的に第三者の利益を著しく害することにはならないからである。
 シフト補正であるか否かの判断は、補正前の特許請求の範囲の新規性・進歩性等の特許要件についての審査が行われたすべての発明と、補正後の特許請求の範囲のすべての発明が同一の又は対応するSTFを有しているか否かにより行う。
 同一の又は対応するSTFを有しているか否かの判断は「発明の単一性の要件」に従う。ただし、補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明がSTFを有しない場合は、「発明の単一性の要件」の審査の場合と同様に例外的な取り扱いがなされる(詳細は審査基準を参照されたい)。
 補正前の特許請求の範囲の新規性・進歩性等の特許要件についての審査が行われたすべての発明と、補正後の特許請求の範囲のすべての発明が同一の又は対応するSTFを有している場合には、当該補正後のすべての発明について、新規性・進歩性等の特許要件についての審査対象とする。
 一方、補正前の特許請求の範囲の新規性・進歩性等の特許要件についての審査が行われたすべての発明と、補正後の特許請求の範囲のすべての発明との間に同一の又は対応するSTFを見出すことができない場合には、補正後の特許請求の範囲の中で、補正前の特許請求の範囲の新規性・進歩性等の特許要件についての審査が行われたすべての発明と同一の又は対応するSTFを有しない発明については、審査対象とせず、それ以外の発明については審査対象とする。
 すなわち、シフト補正がなされた場合、審査対象とならない請求項に係る発明(シフト補正に係る補正)については、新規性・進歩性などの特許要件についての審査は行われない
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(5)特許出願の分割(既に通知済の拒絶理由と同一の拒絶理由)
 平成18年法律改正により、平成19年4月1日以降の特許出願については、明細書等について補正できるとき・期間に加えて、特許査定後及び拒絶査定後の所定の期間にも特許出願の分割を行うことができるようになった(第44条第1項第2号、3号)。
 この法律改正に合わせて、第50条の2(及び第17条の2第5項)の規定が新設された。これは、特許出願人に対し原出願等(すなわち、本願が分割出願であるときの原出願及び他の分割出願。本願が原出願であるときの分割出願(分割出願が複数あれば複数の分割出願))の審査において通知された拒絶理由を十分に精査することを促すことにより、原出願等において既に拒絶理由が通知されている発明について、当該拒絶理由を解消しないまま出願を分割する行為を抑止することを目的としたものである。
 すなわち、特許出願について、拒絶理由通知と併せて第50条の2の規定に基づく通知がなされた場合において補正するときは、最後の拒絶理由通知後に補正する場合と同様、新規事項追加・シフト補正が禁止されるだけでなく、特許請求の範囲について行なう補正は、請求項の削除、特許請求の範囲の限定的減縮(独立特許性が要求される)、拒絶理由通知書で指摘された明りょうでない記載の訂正を目的とするものに限られる、という制限を受ける。これを満たしていない場合には、補正却下の対象となりうる(第53条、第159条第1項、第163条第1項)。
 改訂審査基準では以下の点が明らかにされている。
 本願の拒絶理由が、他の特許出願の拒絶理由通知に係る拒絶理由(すなわち、既に通知済の拒絶理由)と同一であるか否かの判断は、本願の明細書等を、他の特許出願の拒絶理由通知に対する補正後の明細書等であると仮定した場合に、本願の明細書等が他の特許出願の拒絶理由通知に係る拒絶の理由を解消していないかどうかにより行う。
 「既に通知済の拒絶理由通知」とは、本願の出願審査の請求前に、出願人のもとに到達しているか、又は、出願人が閲覧することができた拒絶理由通知である。


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鈴木正次特許事務所

最終更新日 '08/5/7