改正特許法等の解説・2010

〜特許制度をめぐる検討状況、                 
東京地裁知的財産専門部・知財高裁の動向、
                 新しいタイプの商標保護〜(4)

  目次
 
〔戻る〕
  2.東京地方裁判所知的財産専門部及び知財高裁における審理等の実情
 『判例タイムズ1301号』(09/9/15、判例タイムズ社)67頁〜104頁で、  論文1「東京地裁知財部と日弁連知的財産制度委員会との意見交換会(平成20年度)」、  論文2「『東京地裁知財部と日弁連知的財産制度委員会との意見交換会』の協議事項に関連する諸問題について」(清水判事、國分判事)、  論文3「知財高裁における審理等の実情」(森判事) という特集記事が掲載された。
 本稿では、この特集に掲載された統計資料(別表1〜8)及び分析を引用(本稿中「」で表示した)しながら紹介する。本稿は概要であるので、詳細についてはぜひ『判例タイムズ1301号』誌を参照されたい。また、知財高裁の統計資料は、知財高裁HPから引用した。
 なお、本稿では触れないが、同誌では、無効審判請求・訂正審判請求・訂正請求と侵害訴訟に関連して、最高裁平成20年4月24日判決(平成18年(受)第1772号)、最高裁平成20年7月10日判決(平成19年(行ヒ)第318号)の影響についても分析しているので、参照されたい。

[目次へ] 
(1)統計資料から見た東京地裁知財部の実情及び審理の動向
 A.新受件数 
 【別表1】に示すように、知的財産関係の民事通常訴訟事件の新受件数は、平成18年376件→平成19年314件→平成20年297件と、平成18年をピークに減少の傾向がある。
 この理由について、「平成16年に立法化された特許法104条の3の権利行使制限の抗弁(いわゆる無効の抗弁)で特許権等の権利を無効にする事例が相次いだため、特許権等に基づく侵害訴訟の提起を手控えることになったとの見解も見受けられる」との意見もある。【別表2】によれば、特許権・実用新案権関係訴訟事件(以下、特許権等関係訴訟)の新受は横ばいの傾向にあり、「(特許法104条の3の新設は)数字上の根拠はないものといえよう」としている。「ただし、知的財産権の重要性を考慮すれば、本来、特許権等関係訴訟はより多数提起されるべきであったにもかかわらず、上記の無効事例のためにそれほど伸びを示していない、との分析までも否定されるものではない」としている。
 

【別表1】  知的財産権関係民事通常訴訟事件
       新受・既済件数・既済事件の平均審理期間 (東京地裁)


年次 新受 既済 平均審理期間(月)
平成11年 295 383 24.0
平成12年 312 389 20.9
平成13年 303 341 17.0
平成14年 342 344 15.8
平成15年 343 337 13.8
平成16年 370 397 11.7
平成17年 359 354 11.8
平成18年 376 384 10.8
平成19年 314 310 12.4
平成20年 297 326 13.5

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表1より


【別表2】  知的財産権(特許権・実用新案権)関係民事通常訴訟事件
       新受・既済件数・既済事件の平均審理期間 (東京地裁)


年次 新受 既済 平均審理期間(月)
平成11年 126 145 27.5
平成12年 133 166 27.8
平成13年 108 150 21.4
平成14年 129 151 19.6
平成15年 141 119 15.8
平成16年 143 153 13.8
平成17年 125 131 15.7
平成18年 102 144 13.0
平成19年 124 113 15.9
平成20年 101 111 12.5

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表2より

 【別表3】の法域(権利)毎の新受件数をみると、著作権:平成18年114件→平成19年78件→平成20年73件、不正競争防止法:平成18年80件→平成19年48件→平成20年41件、と大きく減少しているので、数字的にはこの著作権と不正競争防止法の減少が、全体の減少に大きく影響をしている。
 特に、不正競争防止法関連の件数の減少が多いが、【別表4】の東京地裁知財部内の統計資料によれば、同法2条1項1号及び2号の商品等表示関係の事件が、平成18年52件→平成19年24件→平成20年15件と大幅に減少している。この点について、明確な分析はされていないが、意見として、周知性・著名性で判断に迷い提訴に慎重である旨、立証の困難性が要因である旨、逆に結論が予想しやすく提訴前に解決している(事件は増えている)旨など様々出されている。
 また、仮処分事件では、【別表5】によれば「減少傾向にある」としている。
 

【別表3】  知的財産権関係民事通常訴訟事件 事件の種類別新受件数 (東京地裁)

年次 特許権 実用新案権 意匠権 商標権 著作権 プログラム
著作権
不正競争
防止法
商法
その他
平成11年 97 29 11 31 59 60
平成12年 106 27 17 41 55 59
平成13年 87 21 14 38 71 12 56
平成14年 108 21 58 60 16 66
平成15年 129 12 47 67 71
平成16年 134 12 49 59 98
平成17年 116 18 56 58 13 81
平成18年 95 57 114 12 80
平成19年 115 45 78 48
平成20年 100 14 47 73 41 12

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表3より


【別表4】  不正競争防止法違反事件(新受件数)比較表 知財4か部合計

年次 1,2号   3号  4〜9号 10,11号  12号   13号   14号  15号 合計
平成18年 52 13   11   85
平成19年 24 10       49
平成20年 15 10 13       45
合計 91 22 36 22   179

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表4より


【別表5】  知的財産権関係仮処分事件
       新受・既済件数既済事件の平均審理期間 (東京地裁)


年次 新受 既済 平均審理期間(月)
平成11年 201 226 8.7
平成12年 222 205 7.0
平成13年 219 256 5.3
平成14年 179 184 6.6
平成15年 95 122 5.8
平成16年 169 149 5.6
平成17年 132 142 4.1
平成18年 118 144 3.7
平成19年 101 100 4.2
平成20年 83 82 4.3

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表5より

 
 B.審理期間 
 【別表1】によれば、平均審理期間は、平成18年10.8ケ月→平成19年12.4ケ月→平成20年13.5ケ月、と若干審理期間が伸びているが、「約10年前の平成11年が24.0ケ月、平成12年が20.9ケ月であるから、その時期と比較すると審理期間はほぼ半減している」としている。また、特許権等関係訴訟では、【別表2】によれば、全知財訴訟の平均審理期間と大差はない。
 また、【別表6】によれば、「(年末の時点で東京地裁に係属中の特許権など関係訴訟の未済件数における平均審理期間は)平成19年が9.0月、平成20年が8.3月」である。したがって、「最近の東京地裁における特許権等関係訴訟においては、通常、10ケ月程度でほぼ審理が終了し、2ケ月程度先に事件の結論がだされる」状況であるという。この数字は、東京地裁本庁民事部の庁内資料によれば、「知財事件に限定されない民事訴訟事件全体の未済事件における平均審理期間は、平成19年8.4ケ月→平成20年8.3ケ月」であり、知財事件の審理期間が長いことはないようである。
 

【別表6】  知的財産権(特許権・実用新案権)関係民事通常訴訟事件
       未済事件の平均審理期間 (東京地裁)


年次 平均審理期間(月)
平成11年 20.5
平成12年 16.0
平成13年 15.1
平成14年 11.4
平成15年 10.4
平成16年 10.2
平成17年 9.9
平成18年 12.1
平成19年 9.0
平成20年 10.8

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表6より


 C.判決と和解の内容 
 【別表7】によれば、東京地裁知財部では、「全事件の約半数が和解で終了し、判決で終了するものは全体の約3分の1といえる」としている。これは、東京地裁本庁民事部の庁内資料によれば、「知財事件に限定されない民事訴訟事件全体の判決率及び和解率は「平成18年が42%及び35%、平成19年が40%及び32%、平成20年が38%及び33%であるから、全事件の約4割が判決で終了し、和解で終了するものは3分の1程度」であり、「東京地裁知財部では、通常の民事訴訟事件と比較して、その終局内容において判決の率が低く、和解の率がかなり高い」といえるという。
 また、【別表8】は、清水判事(東京地裁)、國分判事(元東京地裁)の私的な集計であるが、「和解を原告勝訴と被告勝訴とを分類したのは、和解成立時の個人的としての心証内容を示したもの」で、「期間中に行われた和解はそのほとんどの事例においては侵害論及び無効論の審理が終了し」「和解の成立時点において、勝訴・敗訴の暫定的な心証が形成されていたもの」であり、分類可能であったという。したがって、【別表7】によれば、原告勝訴の認容判決の割合が少ないと受け止められるかもしれないが、【別表8】によれば「和解で終了する事件の約半数の事件の中には、本来、勝訴判決を受けられた事件も存するはずである」としている。また、同時に、「近年の知財訴訟においては、紛争解決手段としての和解が締める重要性が明らかである」としている。
 また、このように和解を考慮した【別表8】の「判決・認容」と「和解・原告勝訴」の数を足すと増加の傾向があるが、「裁判所としては、当然のことながら、特許発明における技術的範囲の解釈や特許発明に対する進歩性の基準などを、意図的に原告有利に変更したわけではない(その他の商標権等の工業所有権に関する事件や著作権及び不正競争防止法事件などについても同様である)」としている。
 

【別表7】  知的財産権関係民事通常訴訟事件 事件の種類別新受件数 (東京地裁)

事件の種類 判決 決定・
命令
和解 取下げ その他
(計) 認容 棄却 却下 その他
特許権 46 16 27 41 12
実用新案権
意匠権
商標権 22
著作権 26 14 12 65
プログラム著作権
不正競争防止法 19 10 21
商法その他
合計 109 49 57 171 36

(最高裁判所行政局調べ)
「判例タイムス1301号」論文2別表7より

【別表8】  東京地裁民事第29部 知的財産権関係民事通常訴訟事件
       既済件数における終局区分の内容


年次 判決 和解 取下げ 合計
(計)   認容   棄却・却下 (計) 原告勝訴 被告勝訴
平成18年 27 22 50 27 23 12 89
平成19年 33 13 20 39 23 16 12 84
平成20年 25 13 12 49 29 20 12 86
平成21年
(上半期)
11 22 15 39

「判例タイムス1301号」論文2別表8より
[目次へ] 
(2)統計資料から見た知財高裁の実情及び審理の動向
 【別表9】【別表10】(知財高裁HP>知財について>統計)によれば、「平成20年度の新受件数は、特許庁の審決に対する取消訴訟が496件、控訴事件が95件であり、特許庁の審決に対する取消訴訟は、平成19年よりも59件増えている。また、平成20年の平均審理期間は、特許庁の審決に対する取消訴訟が80ケ月、控訴事件が77ケ月である」となっている。
 

【別表9】  知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間
           (知財高裁控訴審、平成17年3月31日までは東京地裁)


年次 新受(件) 既済(件) 平均審理期間(月)
平成10年 71 66 11.5
平成11年 106 81 13.1
平成12年 124 112 8.8
平成13年 102 107 9.7
平成14年 119 131 10.6
平成15年 114 128 10.1
平成16年 113 109 9.0
平成17年 87 109 9.8
平成18年 96 90 8.5
平成19年 105 88 7.6
平成20年 95 109 7.7

(最高裁判所行政局調べ)
知財高裁HPより


【別表10】  審決取消訴訟の新受・既済件数及び
       平均審理期間 (平成17年3月31日までは東京地裁)


年次 新受(件) 既済(件) 平均審理期間(月)
平成10年 393 397 17.2
平成11年 429 435 14.2
平成12年 478 430 11.6
平成13年 575 471 12.0
平成14年 636 571 12.7
平成15年 534 693 12.4
平成16年 527 619 12.6
平成17年 589 609 9.4
平成18年 566 591 8.6
平成19年 437 543 9.1
平成20年 496 494 8.0

(最高裁判所行政局調べ)
知財高裁HPより

 また、特許庁の審決(特許.実用新案権)に対する取消訴訟の審理要点は、原則として2回の弁論準備手続期日で審理を終わることが予定されており、これにより、上記の審理期間が実現されている。現に知財高裁において、審理要点は、以下のようになっているという。

  • ア 訴え提起から2週間程度の裁判所が指定する日まで
     基本書証(特許庁の審理において提出された書証並びに当該特許出願の明細書、請求の範囲及び図面等)の提出
  • イ 第1回弁論準備手続期日の1週間前まで
     原告による取消事由の主張
  • ウ 第1回弁論準備手続期日
     争点を明確にし、その後のスケジュールの調整
  • エ 第2回弁論準備手続期日まで
     被告による取消事由に対する反論と原告による再反論の主張
  • オ 第2回弁論準備手続期日
     事案によって技術説明を行う。なお、技術説明は、当事者が当該説明の技術的背景、特徴などを図面などを用いて口頭で説明するもので、専門委員が関与する場合には通常行われるが、そのような場合には限られるものではない。  弁論準備手続(仮)終結
  • カ 口頭弁論期日
    弁論終結
  • キ 判決言渡し
以上

[目次へ] 
〔前へ〕 〔戻る〕 〔次へ〕
鈴木正次特許事務所

最終更新日 '10/6/10