判例アラカルト6

  目次
  はじめに
1.無効となることが明らかな特許権に基づく権利行使と権利濫用
2.形式的に技術的事項が一致する場合の発明の容易性
3.特許権侵害における主張と立証の問題点
4.職務発明における相当の対価
5.方法の特許に使用する物の国内製造と方法の国外実施
6.特許法102条2項における算出利益の意義
7.いわゆる真正商品の並行輸入における輸入者の注意義務
8.競走馬にパブリシティ権が認められるか
9.原材料表示の中に他人の登録商標を含むラベルの使用
10.不正競争防止法で規制されたドメイン名の使用


  6.特許法102条2項における算出利益の意義
 
 事件の表示
平成9年(ワ)5741号 特許権侵害差止等請求事件
(東京地裁 平成13年2月8日判決)
 原告X
 被告Y1
 被告Y2


 事案の概要
一.本件の経緯
 本件は、原告Xがその所有する特許第256129号の特許権(以下、本件特許という。)を被告Y1、Y2が侵害したとしてなした特許権侵害差止等の請求事件である。
 原告Xは、被告Y1、Y2らに対し、被告Y1、Y2らの製造、販売する玩具銃が原告Xの所有する本件特許の技術的範囲に属し、その製造販売が原告Xの本件特許を侵害すると主張して、特許法第65条第1項に基づく補償金として9485万500円を請求し、不法行為による損害賠償請求(弁護士費用を含む)として1億4464万9500円を請求すると共に、その遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二.本件の争点
 本件特許発明について、これをA、B、C、D、E、F、G、H、Iの構成要件に分けて、構成要件別に権利抵触を比較したところ、構成要件D、F、Hについて当事者間に争いがあり、かつ保証金の額及び損害の額についても争いがあった。

三.判決(主文)
 (1)被告Y1、Y2らは、原告Xに対し、連帯して5096万3043円及びうち3230万3610円に対する平成9年4月29日から、うち1865万9433円に対する平成11年12月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2)被告Y2は、原告Xに対し、170万4955円及びうち54万3053円に対する平成9年4月29日から、うち116万1902円に対する平成12年9月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(他は省略する)


 判旨
一.判決は前記争点D、F、Hについて侵害する(技術的範囲に入る)としているが、その判旨は省略する。

二.損害の額について
(1)特許法102条2項の「利益」の意義について
 被告Y1、Y2らの本件特許権の侵害行為は、過失によるものと推定されるから(特許法103条)、被告Y1、Y2らは、前記侵害行為により原告が被った損害を賠償する責任を負うところ、原告Xは、特許法102条2項に基づき損害賠償を請求しているので、まず同項の解釈が問題となる。
 特許法102条2項所定の「侵害の行為により利益を受けているとき」における利益とは、侵害者が、侵害製品の製造、販売のみに要する専用の設備を新たに設置し、従業員を雇い入れたといった例外的な事情がない限り、侵害製品の売上額から、仕入れ、加工、梱包、保管、運送等の経費の内、侵害製品の製造販売のみのために要した部分を控除した限界利益ともいうべき物を指すと解するのが相当である。
 そして前記限界利益の範囲は、財務会計上の観点のみから決せられる物ではなく、不法行為法における損害相殺の観点に加えて、侵害者がその侵害行為によって得た利益の額をもって特許権者の逸失利益と推定することにより、特許権者による損害賠償請求に当たってその主張立証責任を軽減し、特許権者の保護を図るという特許法102条2項の規定の趣旨に照らして解釈するのが相当である。

(2)本件における「限界利益」について
 前記(1)の意味での「限界利益」は、売上額から販売に直接要する費用である変動費を控除した利益(本件報告書にいう限界利益)ではなく、この利益の額から更に固定費の中でも対象となっている製品に直接関連する経費(直接固定費)を控除して算出した物(本件にいう貢献利益)を指す物として解すべきである。
 本件における直接固定費としては、「広告宣伝費、修理の為のアルバイト人件費と製品の運賃」がある。

(3)まとめ
 前記の通り、被告Y1、Y2らはそれぞれ被告各製品の製造と販売を分掌する同一グループに属する関連会社であり、被告Y1の製造する被告各製品は原則としてその全部が被告Y2に販売されているという関係にあるものであるから、被告Y1、Y2らは、それぞれ共同被告による被告各製品の販売についても、意思を共同するものと認めることができ、互いに共同不法行為者として連帯して支払い義務を負うものというべきである。
 そうすると、損害賠償の対象となっている期間における各被告Y1、Y2らの特許法102条2項所定の「利益」は、前記の通りであるから、原告Xの損害の額は、これを合算した金額であり(特許法102条2項による損害算定の場合には、流通にのみ関与している者については、直前の流通関与者からの仕入額を変動経費として控除した利益額を算出するので、各関与者の利益額を合算した額が原告Xの損害の合計額であり、このように解しても同一の侵害製品について1回の流通分として評価できる額を超えて損害額を算出することにはならない)、被告Y1、Y2らは、この合計額について連帯して支払い義務を負うものである。


 考察
 特許権者が、特許権を侵害した者に請求する損害額は、特許法102条第3項を適用するときは、同一の侵害品に対しては1回の流通分として評価できる額を限度とするとされている。従って、同一の侵害品については、複数の者の手を経て販売されたために、複数の者から夫々の実施料相当額を徴収するとしても、その総額は前記1回の流通分として評価できる額を限度とするものである。
 一方、特許法102条2項を適用する場合には、侵害者の「限界利益」を限度とするとしたもので、妥当な判断というべきである。
 即ち特許権者は、侵害者に対して、その得た利益を賠償額として支払わせるけれども、前記「限界利益」以上を求めないというものであって、正当性を無理なく是認できる判断である。
以上

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鈴木正次特許事務所