判例アラカルト7

  目次
  はじめに
1.無効となることが明らかな特許権に基づく権利行使と権利濫用
2.形式的に技術的事項が一致する場合の発明の容易性
3.特許権侵害における主張と立証の問題点
4.職務発明における相当の対価
5.方法の特許に使用する物の国内製造と方法の国外実施
6.特許法102条2項における算出利益の意義
7.いわゆる真正商品の並行輸入における輸入者の注意義務
8.競走馬にパブリシティ権が認められるか
9.原材料表示の中に他人の登録商標を含むラベルの使用
10.不正競争防止法で規制されたドメイン名の使用


  7.いわゆる真正商品の並行輸入における輸入者の注意義務
 
 事件の表示
平成9年(ワ)第10564号 損害賠償請求事件
(大阪地裁 平成12年12月21日判決)
 原告X
 被告Y


 事案の概要
一.本件の経緯
 訴外Aは、本件商標権(商標登録第650248号、商標登録第1404275号 いずれも旧第17類)の商標権者であった。訴外Aは、シンガポール法人である訴外B(ライセンシー)との間で、本件商標権について使用許諾契約(本件ライセンス契約)を結んだ。原告Xは、訴外Aの国際事業を買い取って訴外A1を設立すると共に、本件商標権を譲り受けて登録した。これによって、本件ライセンス契約のライセンサー(使用許諾者)としての地位は訴外A1に移転し、本件商標権は訴外A1の親会社である原告Xの所有するところとなった。その後、本件ライセンス契約期間中に、訴外B(ライセンシー)が中国の工場に発注してポロシャツ(本件商品)製造させ、被告Yは本件商品を日本に輸入して販売した。本件商品に付されている商標(被告標章)は、本件商標権に係る登録商標と同一である。
 本件ライセンス契約のうち商標を付する際の製造地及び製造業者に関する約定に定められた範囲には「中国、中国の工場」は含まれていない。
 原告Xが被告Yに対して本件商標権に基づき損害賠償を請求した事件である。

二.本件の争点
 被告Yが本件商品を輸入し、販売したことは、本件商標権を侵害する行為か(争点1)。
 被告Yに過失はあるか(争点3)。
 (他の争点は省略した)

三.判決(主文)
 被告Yは、原告Xに対し、金2387万3724円及びこれに対する平成12年3月13日から支払済みまでの年5分の割合による金員を支払え。


 判旨
(1)争点1について
 商標権者の許諾を得ることなく、登録商標と同一の商標を付した商品が外国から輸入され、日本国内で販売等の商標使用行為が行われた場合に、いわゆる真正商品の並行輸入であって、商標権侵害としての実質的違法性を欠くというためには、イ)輸入商品に付された商標が表示する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であり、ロ)輸入商品に付されている商標が、右出所表示主体との関係で適法に付されたものであって、ハ)輸入に係る商品の品質が、商標権者が商標を使用することによって形成している商品の品質に対する信用を損なわないことが必要であると解するのが相当である。
 要件イ)について(省略)
 要件ロ)について
 訴外B(ライセンシー)は、本件ライセンス契約をライセンサー(使用許諾者)と締結することによって初めて被告標章を付する権限を有するに至った者であるから、被告標章を付する権限を有するのも、本件ライセンス契約によって定められた製造地及び製造者に関する条件の範囲内に限られるというべきである。したがってライセンシーが本件ライセンス契約のうち商標を付する際の約定に定められた範囲を越えて被告標章を付した場合には、全くの無権限者による商標の使用と、法的には同価であるというべきであり、そのような訴外B(ライセンシー)の行為を、契約当事者の内部的違反が生じるだけであると見ることは相当でない。
 要件ハ)について
 検討するまでもなく、被告Yが本件商品を輸入したことは、いわゆる真正商品の並行輸入として商標権侵害の実質的違法性を欠くということはできず、被告Yが本件商品を輸入、販売したことは、本件商標権を侵害する行為であったというべきである。

(2)争点3(過失)について
 一般に、真正商品の並行輸入を行おうとするものは、常に、偽造商品を輸入してしまう危険性が存在するのであるから、その輸入にあたっては、輸入しようとする物が、真正商品かどうかを確認すべき注意義務が存在するというべきである。そして、既に判示した通り、商標の出所表示主体から許諾を得た者が製造する物は、商標がその許諾の範囲内で付されていなければ、真正商品とはいえないのであり、また許諾の範囲というものは千差万別であることからすると、少なくとも、そのような者が製造した物を、その者から実質的に直接輸入しようとする場合には、その者が、商標の出所表示主体からどのような許諾を得ているか確認すべき注意義務があるというべきである。
 被告Yは、実質的には、ライセンシーBから直接輸入しようとしていたと認められるから、被告Yは、ライセンシーBから、本件ライセンス契約書の提示を受けるなどして、ライセンシーが、どのような範囲の許諾を受けているか確認すべきであったというべきである。
 そして、そのような確認を行っていれば、被告Yは、本件商品の輸入に先立ち、本件商品が本件ライセンス契約の製造者に関する約定に違反して製造されたものであることを確認できたはずである。
 したがって、被告Yが、本件商品を輸入し、販売したことに過失がなかったということはできない。


 考察
 商標権者から許諾を得たライセンシーが製造する物は、その許諾の範囲内の物でなければ真正商品とはいえない。この許諾の範囲は千差万別である。また、いわゆるブランド品は、偽造品が紛れ込みやすいものである。そこで、実質的にライセンシーから直接輸入しようとする者は、単に、使用許諾を受けている者から流出している商品であることを確認するに止まらず、ライセンシーが商標権者からどのような範囲で許諾を得ているかを確認する注意義務があるというべきである。妥当な判決といえる。
以上

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鈴木正次特許事務所