判例アラカルト8

  目次
  はじめに
1.無効となることが明らかな特許権に基づく権利行使と権利濫用
2.形式的に技術的事項が一致する場合の発明の容易性
3.特許権侵害における主張と立証の問題点
4.職務発明における相当の対価
5.方法の特許に使用する物の国内製造と方法の国外実施
6.特許法102条2項における算出利益の意義
7.いわゆる真正商品の並行輸入における輸入者の注意義務
8.競走馬にパブリシティ権が認められるか
9.原材料表示の中に他人の登録商標を含むラベルの使用
10.不正競争防止法で規制されたドメイン名の使用


  8.競走馬にパブリシティ権が認められるか
 
 事件の表示
平成10年(ワ)第527号 製作販売差止等請求事件
(名古屋地裁平成12年1月19日判決)
(名古屋高裁 平成13年3月8日判決 平成12年(ネ)第144号 製作販売差止等請求控訴事件、平成12年(ネ)第467号 同附帯控訴事件)
(参考:東京地裁 平成13年8月27日判決 平成10年(ワ)第23824号 製作販売差止等請求事件)
 原告Xら(合計22名)
 被告Y


 事案の概要
 本件は、原告Xらが所有する競走馬の馬名等を使用した本件ゲームソフトを製作、販売する被告Yに対して、いわゆる「パブリシティ権」の侵害であると主張して、各ゲームソフトの製作、販売等の差止を求めると共に、不法行為に基づく損害賠償請求をした事案である。
 被告Yのゲームソフトは「プレイヤーがジョッキーになり、自分の選択する競走馬に騎乗し、実際の競馬場を再現した画面において、レースを展開するものである。」を内容とするものである。


 判旨
(1)「『著名人』でない『物』の名称等についても、パブリシティの価値が認められる場合があり、およそ『物』についてパブリシティ権を認める余地がないということはできない。また、著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権といった人格権とは別個独立の経済的価値と解されているから、必ずしも、パブリシティの価値を有するものを人格権を有する『著名人』に限定する理由はないものといわなければならない。
 このような物の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、その物の所有者(後述のとおり、物が消滅したときは所有していた者が権利者になる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきである。このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の『パブリシティ権』の定義には含まれないものであるが、これに準じて、広義の『パブリシティ権』として、保護の対象とすることができるものと解される」と広義のパブリシティ権を認めた。

(2)「そして、物がそのような顧客吸引力を有すると認められる場合、これを経済的に利用できる者は、その物の所有者であるから、パブリシティ権は、その物の所有者に帰属するものである。」として、競走馬の所有者に、不法行為に基づく損害賠償を認めた。

 しかし、損害賠償は、G1レースに出場した馬に限って認められ、また、差止請求については、「差止めが認められことにより侵害される利益も多大なものになるおそれ」があり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては認めることはできず、物件や人格権、知的所有権と同等に解するためには、それと同様の社会的必要性、許容性が求められる。」とし、棄却された。


 考察
 (1)著名人に関してのパブリシティ権は、古くは「マークレスター事件」(昭和51年)、「スティーブ・マックィーン事件」(昭和55年)で内容的には示されていた。そして「おニャン子クラブ事件」(東京高裁 平成3年9月26日判決)で、「著名人がその氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を排他的に支配する権利がいわゆる『パブリシティ権』と称されるものである」と示されほぼ確立し、本判決でもこの判決文を引用している。

 (2)著名人に限って認められた「パブリシティ権」を物である競走馬にどう適用するか問題となる。
 判決では、「大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらすような場合においては、当該物の名称等そのものが顧客吸引力を有し、経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を有するものと観念されるに至ることもあると思われる。」として、判旨のように、広義のパブリシティ権を認めた。

 (3)また、「おニャン子クラブ事件」では「専ら顧客吸引力に依存している」使用となっているか否かが判断される旨が示されたが、本判決では、パッケージの裏面に「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在の競走馬が1000頭以上も登場、360度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目の前で再現!!」と記載したり、パンフレットには、「ジョッキーになって、『あの馬に乗ってみたい』・・『あの馬と戦ってみたい』・・・。そんな夢を全て叶えてくれるのがこのゲームだ。」等の表示をもって、「実在馬について、それと同様の特徴を備えた競走馬を操作して遊ぶことができることをセールスポイントとしていることから、顧客としては、自らが関心、好感、憧憬の感情を抱いた競走馬を自ら操作できるとして、その馬名が当然あるものとして(あるいはそれがあると認識して)本件各ゲームソフトを購入するものと解される。」として、被告Yの製品と顧客吸引力とを関係付けている。

 (4)尚、する権利は、従来の『パブリシティ権』の定義には含まれないものであるが、これに準じて、広義の『パブリシティ権』として、保護の対象とすることができるものと解される」と広義のパブリシティ権を認めた。
(2)「そして、物がそのような顧客吸引力を有すると認められる場合、これを経済的に利用できる者は、その物の所有者であるから、パブリシティ権は、その物の所有者に帰属するものである。」として、競走馬の所有者に、不法行為に基づく損害賠償を認めた。
 しかし、損害賠償は、G1レースに出場した馬に限って認められ、また、差止請求については、「差止めが認められことにより侵害される利益も多大なものになるおそれ」があり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては認めることはできず、物件や人格権、知的所有権と同等に解するためには、それと同様の社会的必要性、許容性が求められる。」とし、棄却された。
控訴審の判断も同趣旨の内容である。

 (5)また、同じ原告Xらが、別のゲームソフト会社を被告として訴えた事件の判決が、その後、東京地裁でなされた(「事件の表示」の欄の参考部分)。
 東京地裁の判決では、「『物の顧客吸引力等の経済的価値を排他的に支配する財産的権利』の存在を肯定することができない」として、全く反対の結論を下している。
 その理由は、従来から排他的権利として認められている所有権や人格権の作用を拡張的に理解することによって根拠付けられず、知的財産法の保護が及ばない範囲について、排他的権利の存在を認めることはできないとした。
 尚、被告のソフトは「プレーヤーが競走馬の生産者、調教師及び馬主として、牧場、一頭の繁殖牝馬及び一定額の資金を与えられ、種牡馬と繁殖牝馬の血統や特性を考慮しつつ交配を行って、馬を生産し、牧場では仔馬を育て、厩舎において、競走馬としての調教を行い、競走馬のレースで勝利を目指し、賞金を獲得すれば、より良い種牡馬と繁殖牝馬の交配を行うことでさらに強い競走馬を育成し、いわゆる『G1』レースの制覇を目指すことなどを内容とする、競走馬育成シュミレーションゲーム」である。

 (6)著名人に認められてきたパブリシティ権を「所有権に付随する性質」として物に拡大して認められるのか、規定が無いから認められないのか、東京高裁、最高裁の判断が待たれる。
以上

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鈴木正次特許事務所